*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】跡部くんと飼いネコのお話
1ページ/1ページ

早いものでもう三月。ここイギリスも、まだ寒いけどもう春です。
 跡部くんのイギリスのお屋敷にセーブルが連れてこられてもうすぐ三ヶ月。
けれどセーブルはまだ、このお屋敷に慣れません。
 東京のお屋敷も広かったけど、ここイギリスのお屋敷も負けないくらい広くて、なかなか道も覚えきれません。
 今も少しお出かけしただけなのに、あっさりと道に迷ってしまって、
セーブルは自分のお部屋に戻れなくなってしまったのでした。
「……」
 セーブルは心細い気持ちになりながらも、広い廊下をてくてくと歩きます。
くびわの鈴がチリンと音を立てました。
 東京のお屋敷では建物の中で迷ったことはなかったのに、とセーブルは悲しい気持ちになります。
 てくてくと歩いていると、正面からミカエルさんがやってくるのが見えました。
よく知っている人を見つけて嬉しくなったセーブルは、走り出しました。
「ミャウミャウ!」
 迷子になっちゃったの、助けてよぉ。セーブルはミカエルさんに訴えます。
「…おや、どうしました。セーブル」
 持っていたちいさな花瓶を窓辺に置くと、ミカエルさんはセーブルと目線を合わせるために、わざわざかがんでくれました。
「景吾坊ちゃまのお部屋はこちらではありませんよ。もしかして道に迷ってしまったんですか?」
「ニャウ!」
「全く仕方がないですね。連れて行って差し上げましょう」
 そう言って優しいミカエルさんは、セーブルを抱え上げてくれました。
「懐かしいですね。郁様も東京のお屋敷ではよく道に迷われていたんですよ」
 セーブルを抱えてお屋敷の廊下を歩きながら、ミカエルさんはセーブルの大好きな郁ちゃんのお話をしてくれます。
「……」
 セーブルは黙って、ミカエルさんのお話に耳を傾けます。
 自分の知らない郁ちゃんのお話を聞くのは、なんだか新鮮です。
「そのたびに景吾坊ちゃまに怒られて…。そのうちに、お屋敷の中ではいつもお二人で行動されるようになりました」
 そこまで言って、ミカエルさんはクスリと笑いました。
「微笑ましくて、まるで仲の良いご兄妹のようだと、評判だったんですよ」
 水を向けられて、セーブルは郁ちゃんと跡部くんのことを思い出しました。
 確かにミカエルさんの言う通り二人はいつも一緒でした。
 まるで二人でひとつみたいな感じで、一緒にいるのが当たり前で、
そんな仲良しの二人に甘えるのが、セーブルは大好きでした。
「…さて、坊ちゃまの部屋に着きましたよ」
 気がつくと、いつの間にか跡部くんのお部屋に辿り着いていました。
 ミカエルさんは、セーブルをそっと床に下ろしてくれます。
専用のちいさな出入り口の前。これで、セーブルはお部屋に戻れます。
「ミャッ!」
 ミカエルさんにお礼を言って、セーブルはそのちいさな出入り口から、跡部くんのお部屋に帰りました。

 今日は休日なのですが、跡部くんはただいまお出かけ中です。
とってもきれいでとっても広い跡部くんのお部屋はからっぽで、セーブルは寂しい気持ちになりました。
「ミャウ…」
 でも、どんなに鳴いても跡部くんが戻ってくるわけでもありません。
 セーブルは気を取り直して、一人の時間を『ゆういぎ』に過ごそうと決めました。
部屋の真ん中の暖炉に向かって歩き出します。
とても暖かなその場所の前でお腹を出してすやすやと眠るのが、冬の間のセーブルのお気に入りでした。
 火の入った暖炉はとても暖かくて、しかもお腹を出していると、
セーブルの大好きな郁ちゃんと跡部くんが「カワイイ」と構ってくれるのです。
 構われるのが嬉しかったセーブルは、いつの間にかお腹を出してゴロゴロとするのが習慣になってしまいました。
 けれど、近づいてみて分かったのですが、無人の部屋の暖炉に火が点いているわけもありません。
 冷たい暖炉に、セーブルはしょんぼりとしてしまいます。
 仕方がないので、セーブルは暖炉の正面にあるソファーに飛び乗りました。床の上から、足を揃えてぴょんとジャンプ。
 柔らかな肉球のおかげで、足音を立てずに、セーブルは豪華な革張りのソファーの上に着地できます。
 もちろん、ソファーにはキズひとつつけません。
 おりこうさんのセーブルは、するどいツメをちゃんとお手々の中にしまってからジャンプするのです。
 誰も座っていないソファーの上で、セーブルは郁ちゃんと跡部くんのことを思い出します。
 跡部くんが郁ちゃんを構えないとき、
セーブルはよくこのソファーの上で、郁ちゃんに遊んでもらっていました。
 フワフワのしっぽのようなネコじゃらしを振ってもらったり、膝の上に乗せてもらったり、
赤ちゃんを抱っこするようにギュッと抱きしめてもらったり。
 郁ちゃんがセーブルを呼ぶ声は、セーブルのくびわの鈴の音とそっくりです。
 とっても澄んでいて優しくて、そんな声で名前を呼んでもらえるだけで、セーブルは幸せな気持ちになります。

 飼い主さんは跡部くんだけど、セーブルは郁ちゃんにギュッとされるのが一番好きです。
とってもいい匂いがして、温かくて、跡部くんよりずっと柔らかいからです。
 特に郁ちゃんの太ももと、ふかふかのおっぱいがセーブルのお気に入りです。
 ふんわりとした郁ちゃんのおっぱいに包まれていると、
セーブルはいつも生き別れになってしまったお母さんのことを思い出して、思わずフミフミしてしまいます。
 郁ちゃんのおっぱいからは、お母さんとは違ってミルクは出ないけど、あの柔らかさはそっくりなのです。
 けれどセーブルがそうしていると、いつも跡部くんに邪魔をされてしまいます。
 あっという間に引きはがされて、床に置かれるか、手近なクッションの上に置かれてしまうのです。
 一生懸命鳴いて文句を言っても、跡部くんは聞いてくれません。しかも、昔ネコパンチをしたらすごく怒られてしまいました。
 自分ばっかり郁ちゃんをひとりじめして、柔らかい身体をフミフミしてズルイです。
 ほかにも郁ちゃんの首筋に顔をうずめて匂いをかいだり、
郁ちゃんのすべすべの胸元をちゅうちゅうしたり、自分だけとってもズルイのです。
 セーブルはうらやましくて仕方がありません。
 こういうときの跡部くんは、飼い主さんではなくてライバルです。
 人間の言葉では「こいがたき」と言うんだよと、この間マルガレーテに教えてもらいました。
 ひとつ賢くなれたのは嬉しいのですが、でも、そんなことを知っても、
セーブルが跡部くんに勝てるようになれるわけではありません。
 どうしても跡部くんに勝ちたくて、少しでもおおきくなれるように、
セーブルは毎日ゴハンをたくさん食べているのですが、セーブルの体重はどうしても四キロの大台に乗ってはくれないのです。
 いつまでもちいさなままの自分に、セーブルは「じこけんお」してしまいます。
 仲良しのマルガレーテは「ちいさい方がカワイイよ」と励ましてくれるのですが、
郁ちゃんが好きな跡部くんのように「たくましいおとこ」になりたいセーブルは複雑です。
 仕方がないので、セーブルは跡部くんが郁ちゃんを離してくれるまで、他のことをして過ごします。
 けれどそうしているうちに、セーブルはつい眠くなってしまって、
目が覚めたときには、自分が何をしたかったのかも、すっかり忘れているのです。

ソファーの上でしばらく毛づくろいをしてから、セーブルは窓辺に向かいました。
ソファーから降りて、てくてくと歩きます。
 跡部くんのお部屋は本当に広いです。お気に入りの場所から場所へ移動するだけでも、
ちいさなセーブルにとってはちょっとしたお散歩です。
 きれいなお部屋の中をしばらく歩いて、セーブルは目的の場所に辿り着きました。
窓辺に置かれているアンティークのスツールの前です。
 今日はとても天気が良くて、薄いレースのカーテンから、おひさまの光がキラキラと透けて、暖かくて気持ちがいいです。
 暖炉の前ほどではありませんが、日当たりがよくて気持ちのいいこの場所も、セーブルの大のお気に入りでした。
 このスツールも、跡部くんがセーブルのために用意してくれたものです。
 一番好きなのは郁ちゃんなのですが、なんだかんだ言いつつもいつも世話を焼いてくれて、
とても可愛がってくれる跡部くんのことが、セーブルは大好きです。
跡部くんに「かんしゃ」をしてから、セーブルはスツールに飛び乗って丸くなりました。
 日向ぼっこをしながらひと眠り。すやすやと眠りながら、大好きな飼い主さんのお帰りを待ちます。

「――セーブル!」
 澄んだきれいな声で名前を呼ばれて、セーブルは目を覚ましました。
 スツールの上で眠っていたと思っていたのに、気がつくとセーブルはベッドの中にいました。
隣には、セーブルの大好きな郁ちゃんがいました。
 ひらひらとしたレースがあしらわれた薄手のキャミワンピを着て、お布団の中で横になって、
セーブルにいつもの優しい笑顔を向けてくれています。
 白いカバーのかかった羽毛布団の中。シーツもお揃いの色だから、ぬくぬくと温かい、真っ白な世界です。
――あれれ、どうして? 
 セーブルは不思議に思いましたが、大好きな郁ちゃんに久しぶりに会えたのが嬉しかったので、
気にしないことにしました。
 お布団の中は、郁ちゃんとセーブルの二人だけです。
「ミャッ!」
 セーブルはここぞとばかりに郁ちゃんの腕の中に飛び込んで、お顔を大好きなふかふかおっぱいにこすりつけます。
 自分の匂いをしっかりと移して、郁ちゃんはぼくのものだよと一生懸命しるしをつけます。
「セーブル、くすぐったいよう」
 嬉しそうに、郁ちゃんはニコニコと笑ってくれます。
 郁ちゃんが喜んでくれるのが嬉しくて、
もっと甘えたい気持ちになったセーブルは、郁ちゃんのおっぱいをフミフミしはじめました。
 跡部くんに見つかっちゃうと邪魔されてしまうから、今のうちに。今のうちに…。
 ふかふかのおっぱいをフミフミしては、チュッチュッとキスをして。
セーブルは生き別れたお母さんに甘えるように、郁ちゃんに甘えます。
 今日の郁ちゃんはなぜかとっても薄着だから、郁ちゃんの鼓動や体温が伝わってきて、
セーブルはとっても嬉しくなりました。
「もう、セーブルは甘えん坊さんなんだから」
 そう言って、郁ちゃんはセーブルの後ろ頭をよしよしと撫でてくれます。
――郁ちゃん。お母さん。
 ぬくぬくと温かな郁ちゃんのおっぱいに包まれて、セーブルはとっても幸せです。

 赤い夕日の差し込む窓際で、二人はしゃがみ込んで椅子の上の愛猫を囲んでいました。
 跡部くんと郁ちゃんです。ついさっき、ようやく二人はデートから戻ってきたのでした。
「――コイツはさっきから何やってるんだ」
「きっと、お母さんと一緒の夢見てるんですよ」
 そんなに柔らかくはないはずなのに、二人の愛猫はすやすやと眠りながら、
スツールのクッション部分をずっとフミフミしていました。
 大きな青い瞳を固く閉じたまま、時折ちゅぱちゅぱとキスをするような仕草もしています。
 その可愛らしい仕草に、思わず二人は笑みをこぼしてしまいます。
「もう、カワイイんだから」
「っとに、コイツはいつまで経っても子ネコみてぇだな」
 幸せそうに眠る愛猫を起こしてしまわないように、二人はその場所からそっと、ちいさな愛くるしい姿を見守りました。


End
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ


©フォレストページ