*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】冬の終わりに(前半)
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◆ブログはじめました


 時計の針は、もうてっぺんを指している。入浴を済ませて、跡部はタオルで髪を拭きながら、自分の部屋に戻ってきた。電気を点けて、部屋の隅のパソコンデスクに向かう。すると、飼いネコのセーブルが、跡部の足元にやってきてニャアニャアと鳴いた。

「……何だよ。ったく、お前も大概甘えたがりだよなぁ」

 跡部は仕方がなさそうに、ポンポンと膝の上を軽く叩いた。セーブルは嬉しそうにひと鳴きすると、跡部の膝の上に飛び乗る。足を揃えて、ちょこんと座った。よしよしとばかりに、跡部はセーブルの額を撫でてやる。

「そうだ、今日はお前にいいモン見せてやるよ」

 愛猫に得意気にそう言って、跡部はお気に入りに入れてある、郁のブログをクリックした。



20××年-×月-×日 

今日も英会話教室に行ってきました。

イギリスに行くのもうすぐだから、ホントに頑張らないと。

帰り遅くなっちゃったけど、晩ご飯にシチューをつくって食べたよ! おいしかった〜〜

まだ寒い日が続くけど、元気に過ごしたいです!

今日の写真は、以前雪が降った日に近くの公園で撮ったものです。



 他愛ない内容のブログは、今日も更新されていた。添えられている写真は携帯で自分撮りをしたもので、チェックのマフラーに顔を埋めてピースサインをしている彼女本人と、公園の様子が映っている。冬らしく薄青く澄んだ空と、真っ白な雪の積もった枝だけの木々やブランコなどの遊具だ。

 大きな瞳をパチパチとさせて、セーブルはパソコンの画面をじっと見つめる。

「……お前の大好きな郁だぜ」

 跡部はセーブルを撫でながらそう言うと、ブログ記事のいいねボタンを押して、写真を右クリックで保存した。そして、過去の記事にさかのぼっていく。



20××年-×月-×日 

今日は学校の友達の家に遊びに行ってきました!

飼ってるシャムネコちゃんを抱っこさせてもらいました。

フォルトゥナータちゃんっていう名前で、すごく可愛くて甘えん坊なネコちゃんです!

私の手もペロペロ舐めてくれました。嬉しいです!

写真はフォルちゃんと私です。



「フニャッ!?」

 自分以外のネコを抱いて笑っている郁の写真に、セーブルは驚いたような鳴き声を上げる。そして、跡部もまた表情を引きつらせた。

「オイ、どういうことだコレは……」

 シャムネコのフォルトゥナータ。聞き覚えのある名前である。テニス部の後輩の飼いネコが、確かそんな名前だったはずだ。

 明らかに自分撮りではなく誰かに撮ってもらったアングルの写真と、その背景に写り込んでいる男物のテニスバッグを確認し、思わず跡部は机の上のスマートフォンを手に取った。しかし、今の時間を確認し、彼女に電話するのは諦める。

「……チッ、あとで覚えてろよ」

 そうつぶやきながらも、跡部は写真を保存する。

「……にしても、いい笑顔だよなぁ」

 動物好きの面目躍如というべきか、ネコを抱いている郁は本当に嬉しそうにしている。にこにこのデレデレ。大好きなのがよく伝わってくる表情だ。跡部の口元もつられて緩む。ささやかな幸せを感じながら、次の記事に進んだ。



20××年-×月-×日 

ブログ記事も結構増えたので、改めてカテゴリわけして整理してみました!

改めて見てみると、私って本当に動物好きなんだなと思いました。

あとは買い物した話と、ゴハンの話しかしてない……。

ちょっとは、ニュースの話とか難しいこと書いた方がいいのかなあ?

その話をキノコカットの友達に相談したら、無駄な見栄を張るなバカって言われました。

全然関係ないけど今日の写真は、学食の新しいデザートです。可愛くておいC〜

コメント(7)



「キノコ…… これは日吉だな」

 跡部はそうつぶやきながらも、改めてブログのカテゴリーの欄を見た。



・買い物(21)

・ゴハン/スイーツ(18)

・動物(113)

・日常(11)



「……オイ、分け方間違ってるだろ!」

 謎の数の偏りに、跡部は思わず声を上げる。自分もちょくちょく見ているこのブログ、そんなに動物ネタばかりではなかったはずなんだけど。彼女の不思議な分類方法に疑問を覚えながらも、跡部はまたつぶやいた。

「ったく、信じらんねーぜ。……ん、コメント七?」

 くだらないことしか書かれていない日常ブログに、珍しくコメントがついていていた。気になった跡部は、それをクリックする。



オイ、誰がキノコだ!! ひよC

わわ、ごめんなさい! 郁

な〜んちゃって、ウソだよ郁ちゃん! らーめんじろう

わ、ジロー先輩お久しぶりです! 郁

人で遊ぶのやめてもらえませんかね。 本物のきのこ

日吉くん!? 本物?? 郁

名前ウケるC〜〜 らーめんじろう



「……ったく、どうしようもねぇな」

 くだらない日常ブログは、コメントの内容までがくだらなかった。しかし、ストイックな後輩の意外なひょうきんさを発見し、跡部はなんともいえない気持ちになる。

「……本物のきのこ、か」

 なら自分は本物のホクロとでも名乗ってみようか。などと考えながら、跡部は次の記事に進む。



20××年-×月-×日 

今日は一日お買い物してきました。新しいトップス買ったよ!

雑誌に載ってたオフタートルのケーブルニットです。

前買った黒のミニスカートと一緒に着たいな。

今日の写真はもちろん、買ったニットです。



 大人っぽいボルドーのニットに、跡部の機嫌は上向く。未だに寒いこの季節らしい深みのあるカラーで、自分好みだ。

「……ふん、まぁ悪くねぇんじゃねーの?」

 そう言って、跡部は膝の上のセーブルを撫でる。改めてニットの写真を眺めた。写真の撮影場所は郁の部屋のようなんだけど……。

「ん?」

 写真の背景に、見覚えのないぬいぐるみが写り込んでいるのを見つけて、跡部は眉根を寄せた。青い瞳の小さな黒ネコで、氷帝のジャージを着てバラを持ったクマの隣に置いてある。

「……オイ良かったじゃねぇか。お前もついにぬいぐるみデビューだぜ」

 膝の上に向かって話しかけて、跡部はその記事にコメントを書き込んだ。



お前にしてはいいチョイスなんじゃねーの。

当然、こっち来るときはそれ着てくるんだろうな?

会えるの楽しみにしてるぜ。 @BE



 ブログの内容に負けず劣らず、他愛ない内容のコメント。だけど誰に見られているかわからない、公開のブログではこれが限界というものだろう。

 過去記事へのコメントでも、ブログ主には通知が行くはずだと思いながら、跡部はパソコンの電源を落とした。彼女が飛行機に乗ってはるばるこちらにやってくるのは、明後日の夕方のはずだった。
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