*Shoet DreamU(更新中)*

□【忍足】真夜中のラブレター《完全版》
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 郁が眠っている寝室を抜け出して、忍足はリビングへと向かう。部屋の明かりを点けて、引き出しから文房具を取り出した。

 イチョウのマークがあしらわれたレターセットと黒のペンと、以前彼女からもらったお手紙だ。そばのテーブルの前に腰掛けて、忍足は改めて郁からの手紙を見返す。

「もう、二ヶ月も前になるんやなぁ……」

 ひとつ下の代が達成してくれた氷帝男子テニス部の悲願を思い出して、部屋に飾ってある写真に視線をやった。一回りも二回りも成長した、現部長・日吉の微笑みが眩しい。だけど。

(……まあそれはエエわ。とにかく書かな)

 だらだらしている時間はない。今から数十分のうちに、手紙を書き上げてポストに投函してくるところまで、済まさなければならないのだ。忍足は改めて気持ちを切り替えて、机に向かう。

 迷うことなくサラサラと、便せんに愛しの彼女に宛てた文章を書き付けていく。あっという間に一枚目を完成させて、次はいよいよ本題の二枚目だ。

(最後『大好き』と『愛しとる』のどっちがエエかな……)

 そんなことを悩みながらも忍足は書き進めていく。けれど、そのとき。

「ナ〜〜〜〜〜ゴ」

「……ッ!」

 窓の外から聞こえたその声に、忍足は硬直する。ペンを持つ手がピタリと止まる。今は日付も変わったばかりの真夜中だ。基本マイペースな彼だけど、こんな時間の訪問は珍しい。

「……ウソやろ、ホンマ」

 忍足は悩む。部屋に入れてやるのはいいんだけど、室内で騒がれても郁が起きてしまうかもしれないし。でも、このまま無視してニャアニャア鳴かれてももっと困るし……。

「ったく……」

 忍足は仕方がなさそうにつぶやくと、窓辺に向かった。マットを用意して開けてやる。冷たい秋風といつものミカン色の彼が、室内に入り込んできた。忍足の家にいつもフラリとやってくるノラネコのミィくんだ。

「今日は静かにしとってな、夜も遅いし」

 ネコにしては巨大な彼は、忍足を見上げると小さく鳴いた。

「ンニャ」

 そのまま、テーブルに戻る忍足にトコトコとついてくる。忍足が腰を下ろすと、ためらうことなく膝の上に乗ってきた。

「しょうがないヤツやなぁ」

 ついほだされて、忍足はミィくんの背中をなでる。オレンジの毛並みは思いのほか冷たくて、少しだけ驚く。脂肪のコートに包まれた大きな身体は寒さには強そうなのに、どうしてだろう。

「……お前も、ちゃんと暖かくしとくんやで」

 ミィくんはまた何か言いたげに忍足を見上げる。何を思ったか、膝の上から降りて唐突に机の上に飛び乗った。オレンジの巨体がしなやかに伸び上がり、足音をほとんどたてずに目的の場所に着地する。

「……?」

 ミィくんはそのまま、忍足の正面までやってくると、唐突にその場に座り込んだ。そこは当然、便せんの真上だ。

「ッ……!」

 なんでよりによってそこに座るのか。郁も眠っている夜中に怒るわけにもいかず、忍足は無言でミィくんと格闘する。

「……くッ、この」

 無理やりどかそうとしても、意志を持った巨体はなぜかどいてくれない。数分の時間をかけて、なんとか便せんを引っ張り出す。

「ホンマにもう〜」

 便せんはちょっとだけヨレていた。せっかく一生懸命書いたのに。でもこれはこれでネタとして使わせてもらおう。机の隅で追伸を書き足した。そして、あらかじめ住所と宛名を書いておいた封筒を取り出して、手紙を入れて封をする。

「ちょお行ってくるから、留守番しとってな」

 机の上で瞳を閉じている彼に声を掛けて、頭をなでた。万一、郁が起き出したときのために、書き置きを作って分かりやすい場所に置いてから。電気を消して、忍足は自分の部屋を出た。



「……寒っ」

 まだ秋なのに、今夜は凍えるほど寒い。真夜中の住宅街はとても静かだ。家々に明かりはなく、街灯の白色光だけがいやに眩しい。びゅうと風が吹いた。木枯らしだろうか。

(……ホンマ凍えそうやわ)

 適当な上着を羽織っただけで出てきたんだけど、マフラーくらいしてくれば良かったかもしれない。

「……だから、アイツも来たんかな」

 ふくふくと太ったミカン色の彼を、忍足は思い出す。ちゃんと静かにお留守番してくれているだろうか。そんなことを考えていたら、いつの間にか目的地に辿り着いていた。



 店の前のポストに手紙を投函して、外出がバレたときのための言い訳も兼ねた買い物をする。明日の朝ご飯用のサラダとおやつ用のお菓子と、家に戻ってから食べる用の夜食の豚まんを二つほど。

(これでよし、と……)

 ミッションをコンプリートした忍足は機嫌良く店を出た。すると。

「ユーシ!」

「忍足クン!」

 そこには、同じ大学の知り合いがいた。同じ医学部で自分のイトコの謙也と、薬学部の白石だ。二人とも近くに住んでいて明日も休みだから、こんな時間にこんなところで出くわすのは別にそこまで変じゃない。

「郁ちゃんはどしたん?」

 にこにこと尋ねてきたのは白石だ。いつかの夏休みのことを思い出してなんとなくムッとした忍足は、ぶっきらぼうに返事をする。

「……ウチにおるで」

「ほんなら、おたおめやで! プレゼントや!」

 唐突に、謙也から雑貨屋の黄色い紙袋を投げ渡される。そういえば今日は十三日。自分の誕生日の二日前だった。毎年変なモノを贈ってくるイトコ。今年は何だろう。

「今年はむっちゃカワエエやつやで。開けてみ!」

自信満々に促され、忍足は袋を開けた。

「…………何やねん、コレ」

 紙袋の中に入っていたのは、ふてぶてしい顔をした茶トラのネコの小さなぬいぐるみだった。しかもなぜか、全く同じものが二つ。

「片っぽ郁ちゃんにあげてな〜」

 なぜか謙也ではなく白石が、そんなことを補足する。

「ホントは十五日に渡したかったんやけど、したらもう郁ちゃん東京やろ?」

 たしかに、彼女は十四日の夜に帰京する予定だった。二人の配慮に心が温かくなる。ぶさいくなぬいぐるみに、でも郁は可愛いと喜んでくれそうだなと思いながら。忍足は二人と別れて、急いで家に戻った。

 しかし。帰ってきたら、出がけに消したはずのリビングの電気が点いていた。

(……まさか)

 そう思ったら、案の定。可愛い恋人が電気を点けっぱなしにして、リビングのソファーで眠っていた。キャミソールとショートパンツにニットカーデを羽織っただけの、寒そうな格好で眠る彼女のそばには、あの茶トラの彼がいた。郁を温めるように、大きな身体をくっつけて、寄り添うようにして瞳を閉じている。

 忍足は笑みをこぼす。ワガママでマイペースなところは本当にそっくりな二人だ。家主の戻りに気がついたのか、ミィくんが目を覚ました。小さくあくびをして、忍足をじっと見つめる。

「……留守番ありがとうな」

 すぐそばにしゃがみ込んで、忍足はオレンジの額をそっとなでた。




◆番外編



「風邪ひくやろ。こんなとこでそんなカッコで」

「だって、目が覚めたらセンパイがいなかったんだもん」

 豚まんを美味しく頂いてから、郁はそんな泣き言を口にして忍足に甘えていた。

「ベッドで待っとれば良かったのに」

「だって……」

 まだゴネる郁の横で、ミィくんは「もう付き合いきれへんわ〜」とばかりに大きなあくびをした。部屋の隅にある、自分のベッドのバスケットに向かってトコトコと歩いて行く。そのままそこに入って丸くなった。「お先に〜」という台詞が聞こえてきそうだ。

「ほら、俺らも寝るで」

「……ミィくんも一緒がいい」

「アカンで。ベッド狭うなるわ」

 小さな子ネコならともかく、大きな彼は二人と一緒に寝るにはデカすぎる。

「でも……」

「……ったく、仕方あらへんな」

 郁にゴネられて、忍足は仕方なくバスケットを抱え上げた。



「……ホンマ重いなコイツは」

 バスケットとそれに入れられているブランケットも合わせると、十キロ近くかもしれない。ご本人は相変わらずしっかりと目を閉じたまま、忍足に運ばれていく様子はなんだか面白い。「おネコ様のお通りやで〜」

 先導の郁は、寝室に先に入って電気をつける。忍足も追って部屋に入り、隅っこにバスケットを置く。

「……ふぅ」

 思わず息を吐いてしまう。十キロってこんなに重かっただろうか。色々な意味で気を遣って運んだからか少し疲れてしまった。すやすやと眠っているらしい彼に、郁は声をかける。

「ミィくん、おやすみなさい」

「ホラ、郁」

 放っておいたらいつまでもネコを構おうとする郁を、忍足は急かすように呼ぶ。

「は〜い」

 ちょっとだけ残念そうに返事をして、郁は忍足の待つベッドに向かった。部屋の照明が落とされる。一人用のベッドで身体を寄せ合って二人で眠る。

 忍足の腕の中で、郁は彼の胸に顔を埋める。服越しにだけど、大好きな忍足の体温を感じてぬくぬくと幸せな気持ちになる。忍足にくっついたまま、郁は不意に口を開いた。

「……センパイ」

「どしたん?」

「明日は――の動物園に行きたいです」

「……え?」

 彼女の可愛らしいオネダリに、けれど忍足はちょっとだけ怪訝そうな顔をする。

(アイツらの学校あるとこやん……)

 ついつい先ほど会ったイトコたちを思い出す。学校といっても今通っている大学ではなくて、彼らが通っていた中学と高校だ。

(また出くわしたりすることはあらへんよな……?)

 でもまあいいか。出会ったならそれはそれでプレゼントのお礼も言えるし。そう思ったら、明日が楽しみになってきた。

「わかったわ。ほんなら明日も早起きするんやで」



***



 郁へ 元気か? 俺や。

 この手紙をお前が読んどるゆうことは、もう今日は十月十五日で、お前も東京に戻っとるんやろうな。今、俺がこれを書いとるんは十ニ日の土曜日や。お前が寝とる隣でこっそり書いとる。驚かしたろう思うてな。

 この間は、お手紙ありがとうな。写真わざわざ送ってくれて、すごく嬉しかった。たぶん一生、部屋に飾っとくと思う。ホンマやで。それくらい嬉しかったんや。やっぱりあそこでアイツらやお前と一緒に過ごした時間は、俺にとって本当に大切なものだったんやなとか、改めて思うとる。

 日吉や鳳も、宍戸も岳人もむっちゃイイ笑顔しとったな。俺、あんなに嬉しそうに笑うとる日吉初めて見たで。アイツもあんな風に笑えるんやな。でも悲願の全国制覇やから、当たり前か。

 ここまで書いて思ったんやけど、手紙って不思議やな。なんか普通に言うんは気恥ずかしいようなことでも、手紙なら照れずに言えるわ。お前もそう思うて『大好き』って書いてくれたんやろうな。あれも、なんやめっちゃ嬉しくて何回も見返してしもうたわ。自分でも単純やなって思う。

 だから、俺も書いときます。いつも俺のそばにいてくれて、ありがとうな。なんでもない普通の毎日でも、お前が隣におって、ニコニコしとってくれるだけで、俺はすごく幸せです。

 今は遠距離やからなかなか気軽に会えへんけど、早く来年になって、高校んときみたいに毎日一緒におれるようになったらいいなって、ずっと思っとります。だから、勉強はちゃんと頑張って下さい。まぁ、勉強の話はええわ。

 郁、来年の十月十五日は絶対一緒に過ごそうな。愛しとるで。侑士センパイより。



PS 二枚目の便箋がシワになっとるんはミィのせいです。俺やありません。
 

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