*Shoet DreamU(更新中)*
□【跡部】Just for YOU
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数分も経たないうちに、跡部はさきほどのビジョンの真下に辿り着く。待ち合わせをしているらしい人々から探るような視線を送られながらも、そのままファッションビルの中に入る。
郁なら重いと言うだろう扉を押して中に入った瞬間。右手から聞こえてきたトランスのBGMの爆音と女性店員の甲高い声に、跡部は思い切り眉を顰めた。
不機嫌さを隠そうともせずに、跡部は眉間に皺を寄せたままそちらを一瞥する。そこにあったのはレトロガーリーが売りの女子高生御用達ブランドのショップ。どこかカントリーテイストな花柄のワンピースや、フリルたっぷりのチェックのミニスカートが、バラのコサージュのついた可愛いハンガーにかけられてディスプレイされている。ここも一応、郁の好きなブランドではあるんだけど。
しかし、店頭で接客をしているハデハデしい店員の話す敬語はムチャクチャで、しかも語尾まで伸びている。
(……ふざけんな、こんなとこ俺には無理だ)
いかに郁の好きなショップといえども、このノリには耐えられない。降ってわいたような頭痛を覚えて。跡部は数分も経たないうちに、その場をそそくさとあとにした。
今回は自分の方が愛しの彼女に合わせたい、そう思ってはいるんだけど……。年はそう離れてはいないはずなのに、好みや価値観の違う相手に歩み寄ることは存外難しく、跡部は小さなため息をつく。しかし、落ち込んでいる時間はない。
改めて、跡部は郁に泣かれたときのことを思い出し、自分の振る舞いを反省する。気を取り直して、自分が普段使っている高級百貨店の向かいにある、若者向けのデパートへと向かった。人で溢れる路地を抜け、美しく舗装された街道に出て、三丁目方面に向かって歩く。
この若者向けのデパートもまた郁がよく行きたがる場所で、跡部も彼女にねだられて何度か来たことがあった。ガラス張りのエントランスを通り抜けて、跡部はまっすぐに一階奥のアクセサリーショップに向かう。
(……ここのならさすがに喜ぶだろ)
若者向けとはいえ、そこは百貨店。吹き抜けの高い天井にはクリスタルガラス製のシャンデリアが吊されて、白でまとめられた内装もまた、洗練された美しさだった。背景音楽も控えめなクラシックで、ここなら跡部でも長居ができる。
「――いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか」
店頭のショーケースを見つめていたら、さっそくスタッフに声をかけられた。百貨店らしい穏やかなトーンの丁寧語に、跡部は心地よさを覚える。
(そうだぜ、やっぱりこうでなきゃな)
そんなことを思いながら、跡部はおもむろに口を開いた。
「……彼女の誕生日プレゼントを探してまして」
数十分ほど悩んで、跡部は指輪とネックレスのセットを購入した。ピンクゴールドの、郁が好きそうなハートモチーフ。店員によるとこれが今季一番の人気商品らしい。ラブリーなデザインは自分好みではないけれど、たまにはちゃんとまともな贈り物をしないと、愛想を尽かされてしまう。
「――こんなに格好いい彼氏さんに想ってもらえる、彼女さんが羨ましいです」
ショッパーを渡されるときに、店員に褒められた。ルックスを褒められるのは慣れているけど、悪い気はしない。適当に店員に礼を述べ、跡部はアクセサリーショップを後にした。
帰りは地下鉄にしようと、跡部はデパートの地下階に降りる。連絡口から地下街に出て、足早に駅へと向かった。時刻はもう、夜の八時を回っていた。この時間ともなればさらに人は増え、仕事帰りの会社員とおぼしきスーツ姿の人々や、これから飲みに行くらしい楽しげな人々で、地下もまた地上と同じくらいに混雑していた。
とはいえ、さすがにもう学校の制服を着ているのは自分くらいで、跡部は急ごうとさらに歩みを早める。しかし。見覚えのある店構えのショップに出くわして、跡部の足は不意に止まった。
ブラックを基調としたクールな内装に、スタイリッシュなゴールドのロゴが輝くここもまた、郁の好きなアパレルブランドだった。部屋にショッパーがいくつもあるくらいのお気に入りで、よく話題にのぼることもあり、自分も覚えていたのだ。
それでも女物のショップに男一人で入る勇気もなく、跡部は通行人の邪魔にならないように通路の隅によって、マネキンを眺める。確かに彼女の私服はいつもこんな感じだ。適度にトレンドを押さえつつも個性的すぎない、すっきりと纏められたコーディネート。
しかし、うかうかとしていたら店員に声を掛けられてしまった。
「こんばんは〜 何かお探しですかぁ?」
語尾伸ばしと語尾上げの丁寧語が気になったが、マネキンを見つめていた以上はあしらいづらく、跡部は応対する。 先ほどと同じ台詞を口にした。
「……彼女の誕生日プレゼントを探してまして」
「誕プレですかぁ?」
店員の彼女は表情を輝かせる。
「いいのありますよぉ。ついさっき再入荷したばっかなんですけど〜」
そう言って、彼女は跡部を引きずるように店の奥へと案内する。服やカバンを勧められるかと思いきや、店員の一押しはストラップだった。
「コチラ今日再入荷したばっかのクマちゃんで〜 雑誌にも載ったんですけど、オソロで持てるってスゴイ人気あるんですよ〜」
所々に混じる意味の分からないフレーズと、妙にフラットなイントネーションがやはり引っかかるが、いかにも郁が好みそうな、クマのカップルのキラキラとしたストラップを見せられて、跡部の心はわずかに揺れる。
彼女のアクセサリーケースにも似たようなものがあった。それはつまり、好きなテイストということだ。金属の身体にラインストーンがびっしりの輝けるクマの無邪気な笑顔に、跡部はなぜか郁の笑顔を思い出す。模造ダイヤの輝きは、自分の目にはどうしても安っぽく映ってしまうけど、これはこれで可愛いかもしれない。
「……かわいいですね」
気がつくと。口元をわずかに緩めて、跡部はそんな言葉を口にしていた。
「他にもありますよ〜 色チとか型チとか」
跡部のその返しから反応上々と判断したのか、店員は他にも色々とオススメの品物を見せてきた。
「カノジョさん、どんなコなんですかぁ〜?」「その制服、氷帝ですよね〜」
店員の振ってくる世間話に適当に付きあいながらも、跡部は似たり寄ったりなモノの中から真剣に、これぞというモノを選ぶ。もしかしたらさっき買ったアクセより、こっちの方が喜んでもらえるかもしれない。
普段身につけている小物や、あのアクセサリーケースの中身から、郁の好みを逆算して。結局、一番大きくて派手なクマちゃんカップルを買うことにした。
ピンクのハートを大切そうに抱えた優しげな女の子と、青いバラを持って頭上に王冠を載せている男の子のクマカップルは、デフォルメされた自分たちのようでおかしい。きっと彼女もそう思ってくれるはず。
「絶対カノジョさん喜びますよ〜」
オススメをお買い上げ頂いたことが嬉しかったのか、女性店員は満面の笑みでショッパーを渡してきた。
「そうだといいんですが」
冷静に返しつつ、跡部はそれを受け取る。
「……でも、カノジョさんが羨ましいです」
その言葉は、先ほどのデパートでも帰りがけに言われたものだった。また容姿でも褒められるのか、跡部は少しだけうんざりとする。
「だって、こんなマジメに選んでくれる優しい彼氏サンだから〜〜」
予想外のセリフとともに向けられた真っ直ぐな笑顔に、思わず跡部は苦笑して、アイスブルーの瞳を伏せた。これまでの郁へのプレゼントは全部、自分の好みだけで選んで即決してきた。頼まれてもいないものを押しつけるような贈り物で、こんなに時間をかけて彼女のことを想いながら選んだのは、本当は初めてだったのだ。
けれど、せっかく自分に向けてくれた、気持ちのこもった言葉を否定するのは忍びなく。
「ありがとうございます」
跡部はそう言って微笑んだ。
(……たまには、自分で買うのもいいかもな)
なぜか急に、大好きな郁に逢いたくなった。
「くまちゃん嬉しい! センパイありがとうございます!」
一番喜ばれたのはやはりクマだった。お揃いというところも、彼女には嬉しかったらしい。
「あっ、でも指輪とネックレスも嬉しいですっ! 大事にしますね!」
つけたしのように言われる。値段は倍以上違うのに。でも、アクセサリーの方も気に入っている様子だ。早速身につけて、さっきからずっと愛おしげに眺めてにこにことしている。謝ってプレゼントを渡したら、拍子抜けするくらい簡単に仲直りできた。郁の方も言い過ぎを気にしていたらしく、ずっと落ち込んでいたらしい。
「……でも、指輪のサイズよくわかりましたね」
右の薬指にぴったりとはまったリングを見つめながら、郁は言う。ピンクのジルコニアがキラリと光る。左手につける本物は二人がオトナになってから。
「俺様だからな」
いつも通りの跡部の返しに、郁はくすくすと笑う。穏やかなその微笑みを眩しく思って、跡部は目を細める。そう、この笑顔が見たかったから。だから自分は、悩みながらたった一人で繁華街をさまよったのだ。
「――誕生日おめでとう。郁」
彼女の小さな右手を取って、跡部はそっと口づけた。