*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】Just for YOU
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 氷帝学園高等部三年、跡部景吾は悩んでいた。

「最悪だぜ……」

 ここは誰もいない生徒会室。もう既に放課後で、巨大な窓から見える空は美しい夕焼け色に染まっていた。金茶の長い前髪にオレンジの陽光が反射する。

 自分専用の豪華な革張りのソファーに寝そべって、不機嫌そうに眉を寄せて、跡部は携帯の画面を見つめていた。そこにはカレンダーが表示されていて、数日後の日付に赤い印がついている。

 実は、この日は跡部の大事な彼女の郁のバースデーだった。本当なら今頃は「誕生日どうする?」なんて、イチャイチャしながら相談しあっていたはずだったのに。よりにもよってこの大切なタイミングで、跡部は郁と絶賛ケンカ中だったのだ……。



 話は先週の日曜日にさかのぼる。

「――跡部先輩、紅茶のおかわり用意してきますね」

 テーブルの上のカップが空になっているのに気がついて、郁は立ち上がる。ふわふわとしたクマやネコのぬいぐるみや、明るいパステルカラーの雑貨がそこかしこに置かれている、ここは彼女の部屋だった。

 恒例行事の週末デート。今日は郁の部屋で彼女の勉強の面倒を見るという約束だった。

「……ああ、悪いな」

 ねぎらいの言葉をかける跡部に微笑みを返すと、郁は白い陶器のポットを持って部屋を出て行く。いかにも大人っぽくて品のいい、黒のワンピースの裾がふわりと揺れる。よく似合ってはいるけれど、彼女の本来の趣味とは相反するその服は、以前跡部が押しつけるようにして、郁に贈ったものだった。

 ドアがパタンと閉じられて、彼女の足音が遠くなったのを聞き届けてから、跡部は少しだけ緊張した面持ちで立ち上がった。急ぎ足で、部屋の隅のホワイトのチェストに向かう。

 チェストの上には、美しいガラス製のアクセサリーケースが置かれていた。その中に収められているのは、キラキラとしたラインストーンがふんだんにあしらわれた、スイーツやアニマルモチーフのごてごてとしたアクセサリー。

 御曹司の跡部から見ればオモチャのようにチープな、けれど普通の高校生の郁にとっては大切な宝物が収められたそのケースを、あろうことか跡部は勝手に開ける。

(……サプライズにしてぇんだよ。だから悪く思うなよ)

 心の中で言い訳をして、跡部はリングホルダーから指輪を抜き取り、自分の左の小指にはめた。幸運にも、指輪は跡部の指にピタリと収まる。

(ってことは――号だな、間違いねぇぜ)

 自分の男性にしては細く長い指と驚くべき偶然に感謝しながら、跡部は指輪を抜いて元の場所に戻す。

(……もし万一違っても、サイズの修正はできるしな)

 機嫌良くそんなことを考えながら、そっとケースの蓋を閉めた。しかしそのとき、急に部屋のドアが開けられる。

「――先輩すみません! お茶っ葉こっちに忘れてたみたいで」

「……ッ!?」

 さすがに跡部は肝を潰す。だってまだ、自分は例のアクセサリーケースの前。

「あれ、どうしたんですか? そんなところで……」

 普段はとても大らかで、こちらが心配になるくらい細かいことを気にしない郁も、さすがに不審に思ったのか自分の方に近づいてくる。

(……まずい)

 このとき。きっと思っていた以上に自分は焦っていたのだろう。後になって、跡部はそんなふうに回想する。自分にとってはオモチャのようなアクセサリーでも、彼女にとっては大切な宝物なんだって、理解していたつもりだったのに。

「……こんなガキくせぇの、使ってんじゃねーよ!」

「ちょッ、別にいいじゃないですか!」

 引っ込みがつかなくなくなってしまった跡部はつい、郁にケンカを吹っかける。

「せめてもっとましなモチーフのものにしろ! クマだのマカロンだの、子供っぽいんだよ!」

「そんなの私の勝手じゃないですか! それにデートの時はちゃんともらったやつだけ着けてきてるのにっ!」

 郁もまた唐突に宝物を貶されたのに腹を立てたのか、珍しく応戦してくる。確かに彼女の言う通りで、郁の胸元には今日も以前自分が押しつけた、小さな氷の粒のようなアクアマリンのネックレスが繊細な輝きを放っていた。

「ッ……!」

 思わず跡部は言葉に詰まる。彼女の自分への配慮には気づいていた。今日のコーデだって、ほぼ全身を自分からの贈り物だけで完成させていて、頑張って大人っぽくしてくれていたのに。

「……先輩はひどいです! いつも自分の趣味ばっかり押しつけて! 何で部屋に置いてるものにまで文句言うんですか!」

 涙目の彼女に叫ぶように言われて、さすがに跡部の胸はきしむ。相手を自分色に染めたがる、確かに昔から自分にはそういった悪癖があった。実家の裕福さのせいなのか、これまで半端無くモテてきたからなのか、単に俺様な性格のせいなのか、理由は判然としないけど。でもそれも全部、相手の女の子のことが大好きで仕方がないからで……。

 けれどあの状況では、さすがの跡部もそんな気恥ずかしいことは言い出せなかったのだった。



 巨大なターミナル駅の構内を、跡部は制服姿で一人歩く。郁の誕生日まで時間がない。既に手配していたプレゼントはあるけれど、それもやはり自分の好みで選んだものだったから今回は渡せない。かといって、屋敷の使用人に再度手配させるのも忍びなかった。

 今回は完全に自分が悪い。それは跡部も自覚していた。なんとか許してもらえるように、今度はちゃんと郁のために選ばなければ。

 人混みに紛れて東口から出る。空はもう濃紺だった。しかし、つきはじめたネオンのせいで街は薄明るく、宵の口というのも忘れそうだ。一人で、しかも自分の足でこんなところにくるのなんて久しぶりだ。

 駅から出て少し歩くと、短い横断歩道に行き当たった。しかし、あいにくの赤信号。跡部は人混みの中で、信号が青に変わるのを待つ。

 わずか数十秒の待ち時間。その間、何の気なしに跡部は正面のファッションビルの街頭ビジョンに視線をやった。こに映し出されているのは、マイクを持って歌う女性アイドルのアップと、その曲の歌詞。

『〜〜♪ 全てはただ君のために〜〜♪』

 普段なら間抜けにしか聞こえないアイドルソングの詞が、今は胸に突き刺さる。しかしそれはCMだったらしく、発売日と歌手名、そしてタイトルを表示したあと、数秒ほどで次の映像に切り替わった。

『――贈り物は、相手の女性が喜ぶものをお贈りしなければいけませんよ、坊ちゃま』

 年老いた使用人の忠言が脳裏に蘇る。これまでの自分の買い物傾向から推察しての言葉だろう。

(……俺様だってわかってんだよ、それくらい)

 まわりが思っているほど、自分は完璧でもないし、ましてやオトナでもない。タイミング良く信号が変わる。どうにもできない子供じみた恋心を抱えたまま。大勢の人たちと同時に、跡部は一歩を踏み出した。



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