*Short DreamT*

□【跡部】キミと読書!/週に二度永遠に
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 もう数十分も待っている。我慢できなくなった跡部は、心の中でつぶやいた。

(ヒマだ……)

 読み終わった洋書をパタンと閉じる。自分の家の比べれば狭いベッドの上に寝そべったまま、ちらりと部屋の主に視線をやる。小さなセンターテーブルで、相変わらず郁は英語の課題に取り組んでいた。真剣な表情で、もくもくとノートにペンを走らせている。

 けれど、そんなもん自分がいないときに終わらせておけよと思いつつ、跡部はベッドから身体を起こす。手に持っていた洋書を投げ置いて、部屋の中をぐるりと見渡した。何か面白いモノがあればいいんだけど。

 しかし、カノジョの部屋ということもあってか、目につくのはぬいぐるみにファッション誌、かわいらしいパッケージのコスメなど、跡部にとっては全く興味の持てないものばかりだった。

(……つか、ロクなもんがねぇな)

 小さく舌打ちをして視線を手元に戻す。けれどそのとき。跡部はベッドサイドのテーブルに、無造作に本が積まれているのに気がついた。背景に意味もなく花が飛び、キラキラした女の子のイラストが表紙のそれは、どうやら少女マンガのようだ。

 自分で読んだことはないけれど、その内容は知っている。確か、女のコの憧れる恋。気になって、跡部はそれを手に取った。愛しい彼女の憧れる恋とは、一体どんなものなんだろう。しかしその内容に、跡部は軽くない衝撃を受けたのだった……。



「あ! ちょっと、景吾先輩なに勝手に見てるんですか!」

 それから数分が経ってから。ようやく郁は異変に気がつき声を上げた。慌てて立ち上がり、跡部のいるベッドのところまでやってくる。持ち主なので当然、マンガの内容は把握している。心なしか郁の頬は赤かった。

「あーん? 別にいいだろ」

 目線は本から離さずに、跡部は彼女をすげなくあしらう。しかし次の瞬間。郁の瞳の奥を見つめて、跡部はからかうような笑みを浮かべた。

「しかし、知らなかったぜ」

 わたわたと何か言い返そうとしている彼女を遮って、妙に感慨深そうに言う。

「お前がこんなに欲求不満だったとはな」

 いよいよ郁の頬は赤くなる。

「しかし少女マンガってすげーんだな、マジでただのエロ本じゃねーか」

 ほら、とばかりに跡部は郁にそのシーンが描かれているページを見せつけた。俺様なヒーローに強引に行為に持ち込まれて、いやがりながらも感じてしまっているヒロインの図だ。

「ちょ……ッ! もう返して下さいッ!」

 よほど恥ずかしかったのか、郁は頬を染めたままマンガ本に手を伸ばす。どうやら強奪するつもりのようだ。しかしもちろん、ここで大人しく取り返されるような跡部ではない。彼女の追撃を華麗にかわし、エロマンガをキープしつつ不躾なことを問いかける。

「お前もホントはこういうことされたいって思ってんのかよ?」

「べっ、別に思ってないです!」

 反射的な叫び声は、間を置かずに部屋に響いた。彼女は相当焦っているらしい。しかし跡部は容赦なく、そんな郁を追い詰めていく。

「ウソついてんじゃねーよ、ならなんでこんなもん持ってるんだよ」

「な、内容知らずに買っちゃっただけです!」

 かわいい彼女のかわいくない反論に、跡部の眉は跳ね上がる。どうして素直に認めないのか。無意識に声が低くなる。

「……全三巻しっかり揃えといて何言ってんだテメーは」

「し、知らずにまとめて買っちゃっただけですし!!」

「……チッ」

 珍しくカマ掛けをかわされた。つい舌打ちをしてしまう。

(いらねぇところで智恵の働くヤツだぜ)

 つまらないと思った跡部は最終手段に打って出た。

「うるせぇ、ここはされたいです景吾先輩って言うところだろーが!」

「えー!」

 横暴と言われようが、これで許されてしまうのが跡部なのである。



 少し大きめのシングル。とはいえ二人で寝そべるには狭いベッドで、郁は自然と跡部に添い寝する。ベッドに寝転がったまま、彼女のすぐ隣で、跡部は優雅にエロマンガのページをめくっていた。

(なんか、すごいシュールだな……)

 あの跡部様が際どいの描写多めの少女マンガを読んでいるのだ。しかも、ものすごく真面目な表情で。

 マンガにはもちろんカバーがかかったままで、キラキラとした瞳の女の子が描かれた表紙が激しく浮いている。あまりの似合わなさとおかしさに、郁は妙な気分になる。

(……いつもは難しい本ばっか読んでるのに)

 でも、真面目な顔でそんなものを読んでいるところすらも、格好いいと思ってしまう自分に呆れて、彼女はこっそりと息をついた。悔しいことに元がかなりのイケメンなので、何をしていてもさまになってしまうのだ。

 しかし、気を取り直して、郁はおそるおそる跡部に尋ねかけた。

「……面白いですか?」

 この内容を跡部がどう感じるのか気になったのだ。ありがちなストーリーだけど、それでも自分は面白いと思ってしまった。ところどころで半ば無理やり差し挟まれるラブシーンにも、ドキドキしてしまって何度も読み返していたのだ。

「ギャグマンガとしてなら、アリなんじゃねぇの?」

 横目で笑って、跡部はそんな言葉を返す。けれど。

「……だが恋愛マンガとしては最悪だな。こんな展開じゃあ相手の男が哀れでならねぇぜ」

 そう続けてから、跡部はおもむろに本を閉じた。ちょうど三冊目の最終巻。

「でもまあ、そんなことよりもだ」

「え?」

 ぐるり、と郁の視界が回転する。ベッドのきしむ音が聞こえて、背中にシーツの感触を覚える。至近距離でニヤリと笑う跡部と、その向こうにはなぜか部屋の天井。

「……あの、先輩?」

 ちょうど押し倒されているような格好だ。危うい気配に郁の胸の鼓動は早くなる。

「アレ読んでたらしたくなったんだよ」

「ッ!」

 予想通りすぎるセリフを返されて、郁は固まる。彼女にとっては残念なことに、ここはベッドの上だ。おあつらえ向きすぎる。

「――いいだろ?」

 彼女の頬に跡部はそっと手を添える。氷の欠片のような青い瞳が、愛しげに細められる。獰猛で美しい獣に囚われる、そんな錯覚を郁は覚える。ドキドキが止まらなくなって、また頬が熱くなった。どうしていいのか分からなくなって。

「な、何言ってるんですか! 冗談言わないでください!」

 思わず、郁は跡部に食ってかかっていた。彼女なりの精一杯の強がりと照れ隠し。しかしこれも、逆に跡部を煽ってしまう。バレバレの虚勢に、跡部の本能が焚きつけられる。負けず嫌いで意地っ張りな彼女を、今日はどうやって可愛がってあげようか。

「冗談じゃねぇよ、俺様はいつだって本気だぜ?」

 いたぶり甲斐のある愛らしい獲物を見下ろしながら、跡部は喉を鳴らして笑う。



***



 疲れて眠っている郁の横で、跡部は再び例のマンガを手に取った。最終巻の最後のページを探して開く。全体のストーリーはご都合主義で微妙だったが、ラストだけは良かったと思う。

「……ネタはパクリだけどな」

 ラストシーン。自分を置いて若くして亡くなってしまったヒロインの墓に、ヒーローは自分が死ぬまでの間ずっと週に二度永遠に、バラの花を贈り続けるのだ。三十年以上もの間、ヒロインの墓所には彼女を象徴する美しいバラが、彼によって手向けられる。

 その花言葉は、情熱と愛情。元々は往年のハリウッド女優と野球選手の話だ。そこまで思い出してから、跡部は本を静かに閉じて、ベッドサイドのテーブルに戻した。可愛らしくて奔放なその女優は、生き急いでしまったけれど。

「……お前は長生きしてくれよ」

 ブランケットにくるまって眠る彼女を見つめながら、がらにもないことをつぶやいて。知らず跡部は、そんな自分に苦笑したのだった。
 

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