*Short DreamT*

□【忍足/一族】ずっとそばにいるよ
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 巨大なビルみたいな建物を指さして、先輩は言う。

「――あれが大学の付属病院や」

「わぁ、大きいですね!」

「せやろ。大阪でも結構デカイ病院で、ドクターヘリなんかも飛ばしとるらしいで」

 そんなことを言いながら、先輩は笑った。受験生時代はすごくクールだった忍足先輩も、大学に受かって肩の荷が下りたのか、なんだかのびのびとしている。今日は連休の初日。私は先輩に会いに大阪まで来ていた。

「ドクターヘリって、前ドラマでやってたやつですか?」

 何となく聞いたことのある単語が出てきて、私は先輩を見上げた。

「せや。あのアイドルが出とったやつやね」

 街路樹の点在するゆるやかなスロープを、先輩と並んで歩く。先輩の大学のキャンパスはすごく広くて綺麗で、散歩するだけでも楽しい。

「んで、これが医学部の校舎や。でもここで本格的に授業受けるんは来年からなんやけどな」

 今度は正面のヨーロッパ風のデザインの建物に視線をやって、先輩はそんなことを教えてくれた。

「そうなんですか?」

「そうなんやで。今は別のキャンパスで授業受けとるんや」

 今日の先輩はなんだかすごく機嫌がいい。にこにこと話す口ぶりからは、自分の大学を本当に誇りに思ってるのが伝わってきて、私の方まで嬉しくなった。……すごく頑張って受かった第一志望だもん、嬉しいに決まってるよね。

 しばらく歩くと、テニスコートが見えてきた。八面くらいあってびっくりする。結構広くて本格的なコートだ。先輩が選ぶ大学らしいなと思って笑みがこぼれる。

「……今でも、テニスしたりするんですか?」

「時々するで。サークルには入っとらんのやけどな。でも、しつこく勧誘されてちょっと困っとるんや」

 私の質問に先輩は苦笑する。だけど、すぐに別の方向に視線をやると。

「……こっちまっすぐ行ったら正門やから、そっから出て公園まで歩くで」

 そう言って、私に手を差し出してくれた。

 キャンパス内を散歩して、近くの大きな公園に行くのが今日の予定。公園は夕方には閉まってしまうから、ちょっと急がないといけない。空の隅は、既に赤くなりはじめている。



 休日のキャンパスには、ほとんど人はいない。今までも、ほとんど誰ともすれちがわなかったんだけど、正面から派手な金髪の男の子が歩いてきた。学生さんかな、なんてことをぼんやりと思った瞬間。

「ッ! なんでアイツがこんなトコにおるんや……!」

 妙に焦った声が聞こえて、驚いて私は先輩を見上げた。すごく嫌そうな顔で、忍足先輩は前方の男の子に視線を送っている。『知り合いなんですか?』そう尋ねようとしたとき

「ユーシ!? 何しとるんやお前!」

 その子は、先輩に気づいてそう言った……。

「……お前に関係あらへんやろ。そっちこそ、大学休みなのになんでこんなトコにおるんや」

 先輩はなぜかわなわな震えながら、その子に突っかかる。こんなに感情むきだしの先輩を見るのは初めてで、なんだか戸惑う。これが関西ノリってヤツなのかな。

「別にええやろ! それこそお前に関係あらへんっちゅー話や! つーかなに学内で女連れとるんや、一年のくせに!!」

 突っかかられたその子は、私にちらりと視線を送ると先輩に言い返す。

「ええやろ別に。高校ンときから付き合うてんねん」

 挑発的に答えると、繋いだままの手を引っ張って、先輩は私を自分の方に引き寄せた。

「ッッ! ユーシのクセに生意気や!」

 その子はちょっと頬を染めながら焦る。……ていうか、私もこの状況かなり恥ずかしい。どうしていいのか分からなくてうつむく。

「ええやろ、めっさラブラブやねん。自慢のかわええ彼女やねんで」

 肩に手をまわされて、そんなふうに言われて、なんかもう恥ずかしすぎて顔が上げられない。

「……か、可愛さなら俺のスピーディーちゃんのが遙かに上や!」

 男の子の動揺した声が聞こえる。こんな状況なら当たり前だよ……! だけど忍足先輩は、そんなことはお構いなしで

「何やねんスピーディーちゃんて」

「俺のペットや!」

 その子の、ひときわ得意げな声が聞こえた瞬間。

「お前のペットてイグアナやろ!!」

 忍足先輩の半ギレの怒声が聞こえた。私は思わず肩を竦める。

「イグアナのどこが悪いんや! お前こそスピーディーちゃんの可愛さを」

 金髪の子は物怖じせずに先輩に言い返す。その子のイグアナトークと忍足先輩のツッコミは延々と続く。私は肩に腕を置かれたまま、二人の話が終わるのを待っていた……。



「――まあええわ。お前なんてせいぜいイグアナと仲良うしとれ。俺はコイツと連休をエンジョイしてくるわ」

 腕時計の時間に気がついて、ケンカを終わらせたのは忍足先輩の方だった。

「行くで、郁」

 そう言って、私から腕を降ろして歩き出す。

「……ッ!」

 男の子は一瞬くやしそうな顔をしたけど、何か叫びながらどこかに走って行ってしまった。……走るの速いんだな。すごいスピードだ。

「……さっきの人、大学のお友達なんですか?」

 その子の後ろ姿を見送りながら、私は先輩に尋ねた。

「……イトコや」

「え」

 先輩の意外な返答に、私は思わず、持っていた鞄をとり落としていた……。



***



「わぁ、これがあの万博の!」

 気を取り直して、私たちは公園にやってきていた。巨大な円錐状の塔を見上げる。

「意外とデカイやろ。自由の女神よりデカイらしいで」

 中央にはヘンな顔があって、シュッっとした腕みたいなのが左右に出ている。あまりにも有名な塔だけど、これが太陽をイメージしてるなんて、言われなきゃわかんないよね。

「一番上の金色の顔、あれ目が光るらしいで」

 ニヤニヤと忍足先輩は笑う。

「えっ、そうなんですか?!」

 暗闇の中、あの目だけを光らせる塔を想像して、思わず私のテンションは上がる。そのシュールな光景、ちょっと見てみたいかも。

「でも、飛行機が間違えたら困るからって、あんま光らせられんらしいけどな」

「飛行機ですか?」

 意外な単語に私は驚く。

「せや。空港近いねん、ここ」

 ほら、と先輩に言われて空を見上げたら、石を投げたら当たりそうなくらい、飛行機が低い空を飛んでいた。……その瞬間、昔の色んな思い出が蘇った。

「お前の親、まだ海外おるんやっけ」

 突然、その話題を出されて動揺する。隠していたつもりでも、やっぱり顔に出ていたみたいだった。

「寂しいんか?」

 先輩に尋ねられる。付き合う前はきっと、先輩は気づいても触れなかった。でも今は違う。

「……寂しくないです」

 言葉を選びながら、私は答える。

「三年生になって、女の子の友達も増えたんですよ。あと、テニス部の鳳くんや日吉くんとも、少しですけど話すようになって……。日吉くんには、なんかいつも怒られちゃうんですけど」

 先輩は苦笑する。

「だから平気です。それに、離れてるけど忍足先輩がいるから、だから寂しくないですよ」

 そう言って見上げたら、

「……ほんならええわ」

 って言って、先輩は私の頭をなでてくれた。これが模範解答だったのかは、私には今でもわからない。やがて、閉園のアナウンスが流れ始めた。

「帰んで」

 いつも通りに微笑んで、先輩は私の手を取った。手を繋いで駅に向かう。

(……この先どんなことがあっても、ずっと先輩のそばにいれたらいいな)

 茜色の空の下、先輩の背中を追いかけながら、私はそんなことを思った。



***



「晩メシはウチでええ? それともどっか外食する?」

 冷蔵庫の中身を見ながら、先輩は私に問いかける。モノレールを乗り継いで、私たちは先輩のマンションに戻って来ていた。

「どっちでもいいです」

「ならウチで食うか。材料あるし」

 カレーでええ?と聞かれて、それでいいですと微笑んだ。先輩の手料理なんて久しぶりで、妙にワクワクする。



 手持ちぶさたで、私はソファーに腰掛けたまま、部屋の中を見回した。そしたら、白いシャツみたいなものが、ハンガーに掛かっているのに気がついた。

「あれ、これって……」

 思わず私はそれに近づく。

「ああ、白衣やねんそれ」

「白衣ですか!?」

 やっぱり、と思って私は瞳を輝かせた。特別好きなわけじゃないけど、なんだか医学部っぽい気がしてときめいてしまう。

「学生でも実習で着るんやで。それ大学の生協で買うたやつやねん」

 着てやろうか?ってニヤリと笑われたから、せっかくだしと思って着てもらった。



「先輩、似合ってます!」

「せやろ?」

 先輩は得意気に両手をポケットに突っ込む。まだ学生なのに、着こなしに違和感がなさすぎて面白い。

「忍足センセイですね」

「センセイかぁ、なんやヘンな気分やわ」

 私の『先生』呼びに、忍足先輩は目を伏せて笑った。

「……でも六年後くらいには、そんな風に呼ばれるとるんやろね」

 先輩の言葉に、私も視線を落とす。医学部は六年制。私は先輩が先生になるまで、ずっと一緒にいられるのかな。

「つーか、お前いつまで名字呼びで敬語なん?」

 急に上から先輩の不機嫌そうな声が聞こえて、私は顔を上げた。

「何や距離感じるわー 幼なじみのハズやのに」

「……えっ、でも」

 突然そんなことを言われて戸惑う。

「まさかとは思うけど、俺の下の名前知らんなんてことは」

「知ってますよ!」

 ありえないことを言われて、私は思わず叫んでいた。なんだか先輩、キャラ変わってるような気がするけど……。

「なら言うてみて?」

 期待に満ちた目で見つめられる。なんだか上手いことのせられてる気がするけど、まあいっか。

「……侑士センパイ」

「――ハイ正解。これからはソレな?」

 満足げに先輩は微笑んだ。

「ご褒美に今から、このカッコで相手してやるわ」

 そう言って先輩は白衣姿のまま、私の手をとってキスをした。
 

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