*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】ユア・バケーション
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 彼女の台詞は跡部が返球する前だった。まるで予言のようなタイミング。けれど、まるで何でもないことのように、郁は答えた。

「昔、よく練習相手になってもらってたときに、同じこと何度もされたんです」

「練習相手……」

 あの跡部を練習相手にできるなんて、なんという贅沢だろう。宍戸は心の中で舌を巻く。でもそれは自分たちとは別枠の、彼女が非力な女の子で、跡部の恋人だからこその特別扱いだ。

(……それでも、羨ましいぜ)

 試合後の握手を終えたところなのか。ネットを挟んで、跡部と鳳はなにごとかを楽しそうに話している。先ほどまでとは打って変わって、なごやかな雰囲気だ。

 跡部はやはり機嫌がよく、そして鳳は嬉しそうな、照れたような笑みを浮かべている。

「景吾先輩、可愛い」

 コート上の跡部を見つめながら、郁は微笑む。そのあまりにもありえない単語の組み合わせに、宍戸はつい彼女を見返してしまう。

「……そうかあ?」

 あの跡部をかわいいだなんて。宍戸にしてみたら信じられない。恋は盲目とはよく言ったものだ。

 でもきっと、彼女の中ではそうなんだろう。二人だけでいるとき、跡部は彼女にどんな一面を見せているんだろう。偉そうに甘えたりしているんだろうか。

 年下のおっとりとした彼女に、跡部がわがままを言って困らせている様子を想像して。宍戸は笑いそうになってしまう。

 まるで大きな子供のようなその姿を、ちょっと見てみたいような気もする。



***



 楽しい一日はあっという間だ。日が暮れるまで外で遊んで、晩ご飯も済ませて、二人はホテルに戻って来た。

 壁一面を占める大きな窓から見えるのは、広いテラスの様子と宝石のような夜景。

 ずいぶん長い間滞在したけど、それも今日で最後。そう思うと、この美しい景色もいっそう輝いて見える。

「――オイ郁、テメーちゃんと俺様の美技をカメラに収めたか?」

 窓際のソファーに座ってのんびりとしている彼女に、跡部は声をかけた。この話題はもちろん、早朝のテニスのことだ。

 得意気な跡部に、郁はギクリと身体を震わせる。この上もなく気まずそうに答えた。

「お、収めてないです……」

「……あん?」

 案の定、途端に跡部の声は低くなる。

「せ、先輩の輝きはスマホカメラじゃ収めきれませんからっ!」

 眉間に皺を寄せ、何か言おうとする跡部の機先を制するように。郁は慌てて釈明する。胸元に手を当て、ベタな台詞を口にした。

「だから、心のアルバムにしっかり収めておきました」

 言葉自体はあからさまなご機嫌取り。けれど、跡部は溜飲を下ろす。

「……っち、しょうがねぇな」

 仕方がなさそうに息を吐く。そして、おもむろにポケットからスマホを取り出すと。画面の表示を確認して、楽しげに笑った。

「お、そろそろじゃねーの」

「え?」

 妙に嬉しそうな跡部に、郁はきょとんとする。しかし、跡部は不思議そうにしている彼女の手を取ると。

「郁、テラスに出るぞ」

 返事も待たずにテラスに連れ出した。広いテラス。跡部はずんずんと歩いて行く。その方角はちょうど海が見える方。

 けれど今は夜だ。昼間ならコバルトブルーの大海原が楽しめるその場所も、今はただ暗い闇があるばかり。しかし、跡部は自信ありげに微笑んだ。

「……ふん、こっからなら完璧じゃねーの」

「……?」

 すると。ひゅるる、という口笛にも似た音がして。郁は驚いて空を見上げる。その瞬間、火薬のはぜる音とともに夜空に咲いたのは、大輪の美しい炎の花。打ち上げ花火だ。

「……わあ」

 郁は感激して、ため息をもらす。

 最初の一発を皮切りに、盛大なショーが始まった。次々に火薬のはぜる音がして、夜空を覆い尽くさんばかりの迫力で、華やかな炎の花がいくつも咲いてゆく。

 巨大な菊のように、あるいは雄大な滝のように。美しい炎は力強く咲き誇り、そして尾を引いて消えてゆく。バカンス最後の夜にぴったりの、美しくも儚い光景だ。

「――楽しかったか?」

 すぐ隣の跡部に声を掛けられて、郁は彼を見上げる。花火の橙が映り込む青い瞳。彼女の大好きな優しい瞳だ。

「……はい」

 花火の打ち上げはまだ続いている。地上では大勢の観光客が、この美しい光景に歓声を上げているだろう。

 けれど、跡部と郁のいるこの高層階のテラスには、地上の喧噪は届かない。文字通りの二人だけの世界。

「景吾先輩とずっと一緒にいれたから、今年の夏も楽しかったです」

「……ま、当然だな」



 夜半、跡部が寝静まったあと。郁はこっそりとベッドを抜け出した。バカンスの最終日。明日の朝にはここを発たないといけないというのに。なぜか、なかなか寝付けなかったのだ。

 仕方がないので、続きの別の部屋で本でも読もうと、郁はスーツケースとは別の機内持ち込み用の小さなカバンから、文庫本と携帯電話を取りだした。

「……そうだ」

 おもむろに電話機を操作して、彼女はある一枚の画像を表示させる。テニスをしている跡部の姿だ。ラケットを振り抜いた瞬間の会心の笑顔。

 今朝の鳳との試合『撮ってなかった』なんて嘘だ。かっこいい姿をずっと見ていたかったから。一枚だけ郁は跡部の写真を撮ったのだ。

 リゾートの輝く太陽と抜けるような青空のもと、楽しそうにテニスをするキラキラとした跡部の姿。そのきらめきを閉じ込めた、お守りのようなとっておきの一枚。

 今なら、跡部が勝手に自分の寝顔の写真を撮った気持ちが分かる。これから離ればなれの夜はきっと、自分はこの写真を眺めながら眠りにつくんだろう。

 しばらくその画像を見つめて。郁は息を吐くと、照れたように笑った。

「……えへへ」

 彼には秘密の、甘酸っぱい夏の思い出。携帯をバッグに戻して、郁は文庫本だけを持って窓辺のソファーに向かう。
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