□傍らにあるもの。
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ふと、

重い瞼を開ける。



眼が霞んで周りがよく見えない。

体を起こそうとしたけれど何故だかまったく動かなかった。



ここはどこだっけ。
なんでボクはこんな所で寝ているんだろう。




あぁ。駄目だ。

頭が働かない。
意識が朦朧とする。



もしかしたら…
ここが"終わり"なのかもしれない。

世界の終わり。

ボクの命の、終わり。


だったら目覚める意味もここに居る意味もない。

早く全て消えてしまえばいいのに…。





そう、ぼんやりと考えてもう一度瞼を閉じようとしたその時。

「ミトス…」

優しい声とそっと頬に触れた手のひらに意識を呼び戻される。

ミトス…。
あぁそうだ。
ボクの名前。
そして気の遠くなるような昔に聞いた懐かしい声。


「…ねぇさま?」

視線を巡らせると優しく微笑む姉の顔。
額に乗せられた手が自分の体温よりも低いのか、ひんやりと心地よい。

「うーん…下がらないわねえ。」

ちょっと困ったように首を傾げてみせる。

息を吐いてもう一度周囲を見渡す。
自分はベッドに寝かされていたのだと気付く。
ここは…宿屋の一室だろうか。

「ミトス熱出して倒れちゃったのよ。覚えてる?」

風邪だと思うのだけど…、と自分の頬に手を当ててため息をつく。

あぁそうだ。
みんなで町へ買い出しに来てたんだ。
だけどボクが途中で倒れてしまって…。

こんなことなら無理しなければ良かったな…と後悔した。
ハーフエルフであることがバレてはまずいから易々とお医者様にも診てもらえない。

みんなに迷惑かけちゃったな…。


「マーテル…どうした?目を覚ましたのか?」

気付くと青い髪を後ろでひとまとめにした青年の姿が姉のすぐ後ろに居た。
それはそれは大きな買い物袋をふたつも抱えて。

「ふふ…ユアンったら。買い過ぎじゃない?」

「…む。そうか??」

くすくすと笑われて手の中の買い物袋に目をやる。

「まったくだ。ミトスに食欲があるかもわからんのに…。」

横から飛んできた声に視線を泳がすと枕元で氷水を用意している赤茶髪の男性の姿。
これは…クラトス、だ。

「何を言うか。風邪を治すにはたくさん栄養を取りたくさん睡眠を取るのが一番だ。特に林檎なんかの果物は水分補給にも…」

ぎゃーぎゃーと言い争うふたりをくすりと見やって姉さまがボクに問い掛ける。

「どうするミトス?何か食べる?」



そうだった。

姉さまと

ユアンと

クラトスと…。



いつも皆で一緒に居たね。

辛いことも悲しいこともたくさんあったけど、皆でたくさんたくさん笑ったよね。

どうして
忘れてたんだろう。

こんなにも大好きで大好きで泣きたくなるくらいなのに。


「ふふ…」

なんだか可笑しいや。

「…ミトス?」

突然のボクの笑い声に姉さまが首を傾げる。
言い争っていたふたりもぴたりと動きを止めてボクを見た。

「ふふふ…あはは、へんなの…。」

本当へんなの。

「なんだ?どうした?熱でおかしくなったか?」

変なものを見るようにユアンがボクを覗き見る。

「ふふ…違うの。なんだかすごく嬉しいの。」

姉さまが居て

ユアンが居て

クラトスが居て…。


当たり前のことなのに

こんなにも嬉しい。


「皆してそんなに心配そうな顔しなくても平気だよ。ふふ…ありがとう。」


そして…




「…ごめんね。」


たくさん
たくさん
傷つけたから。

ずっと
ずっと忘れていたから。



ごめんね。

ありがとう。


それでも
ずっと望んだものは
こんなにも
近くにあったのにね。



「なんだ、急に。やっぱり症状がひどいのか?」

ユアンが今度は深刻そうな顔になる。

「ミトス、大丈夫か?」

心地よい低音の声ににこりと笑顔を返す。

「クラトス…ボクね、今すごく嬉しいの。みんなが居て嬉しいの。嬉しくて嬉しくて泣いてしまいそうなくらい…。」

「…そうか。」

優しく微笑んで僕の頭をくしゃりと撫でる大きな手。

「ねぇ…クラトス。」

「なんだ?」

「なんだか、とっても眠い…。」


瞼が重くてどうしても開けていられない。

「なら、少しおやすみなさいな。」

マーテルがふわりと頬を撫でる。
くすぐったくて思わずくすくすと笑う。


「私たちなら、ちゃんとミトスの傍に居るから。」

「…うん。」

そっと瞼を閉じる。


そこは
真っ暗で何も見えない。




この後瞼を開けることは無いのかもしれないと頭の隅で感じながら。

でも不思議と恐くも寂しくもなかった。

だってもう一度知ってしまったから。
あの大好きな世界を見てしまったから。

だからボクはもう大丈夫。



きっとずっと
これからも





みんな一緒。




end。。
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長編最後として考えていたお話でした。
やっぱりね、ミトスには最後みんなの元へ帰ってきて欲しいなって思ったのです。
そして気づいて欲しい。
欲しかったものはちゃんとすぐ傍にあったんだよって。
現実世界でもそうですけれど本当に大切なものって本当に見えにくいんですよね。
そういったものをちゃんと大切にして生きていかなきゃいけないなぁって思います。
読んでくださり感謝ですvv

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