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□12時の魔法
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 華やかな富裕層、なんてことない庶民たちに、スラム街。
お金に余裕の無いノゾミはこの物騒なスラムのご近所に住むしかなく、犯罪は日常茶飯事で、小さいものなんか誰も気にしちゃいない。
夜は自分が犯罪に巻き込まれずに一日過ごしていたことに感謝して眠りに就くが、眠っている間も不安になることがある。
何ものかが忍び込んできて、ナイフや拳銃を突き付けられる…そんな物騒な夢を見たことさえあった。
しかし、この街には“守護者”がいる。
バットマンという守護者が。
彼をヒーローという者もあれば、犯罪者たちとなんら変わりはないという者もいるが、少なくともノゾミは彼を否定はしていなかった。
変り者だとは思っているが。



 《12時の魔法》



 「うわっ!?」
「ごめんよ!急いでるんだ!」

転んだ体勢のまま顔を上げれば、そこには一台のリムジンに群がる黒山の人だかり。
目の前に見える華やかな世界の“壁”に、ノゾミは冷ややかな視線を送った。

「最悪…」

転んだ拍子にヒールが折れた。
運悪く、この靴はお気に入りだ…。
さらに運悪く…さっき買ったコーヒーはアスファルトにご馳走してしまった。

「あぁ…」
「大丈夫?」
「え?は、はい…ダイジョウ、ブ……うわぁ!ご、ごめんなさいっ……!」

彼は唇に人差し指をあて、“静かに”のジェスチャーをした。
言われるまま無言で頷くと、手を掴まれ、思いの外強い力で引き上げられた。
高さの変わってしまった靴で立ち上がると、彼が靴のことに触れてきたが、その声はほとんど右耳から左耳へ通過していった。
あろうことか、転んだ拍子に高そうなスーツにコーヒーをぶちまけてしまったらしい。
弁償しろとか言われたら何週間、いや、何ヵ月ただ働きか…

「ごめんなさい…」
「いや、いいんだ。さっきの記者とぶつかったんだろ?」
「そうなんです…でも…」
「転びそうな君を助けようとして、かっこつけようとした僕が間抜けだったんだ。」

そう言って笑う彼を、ノゾミは茫然と見つめていた。

彼の顔は知っている。
彼は自分のことなどしらないが、この街に住んでいて彼のことを知らない人間などいない。

「ブルース、ウェインさん?」
「あぁ。君は?」
「私…ノゾミ、です…」
「そうか。ノゾミ、靴が壊れたのかい?」
「転んだ拍子に折れたみたいで…」

リムジンに乗っていたのは彼だとばかり思っていたが…

「えっ…ちょ、ちょっと…!」

今度は足が地面から離れてしまった。
俗に言うお姫さま抱っこというやつで、ノゾミは抵抗する間もなく、彼を迎えに来たであろう車に乗せられてしまった。

「今夜のデートのお相手ですか?」
「彼女さえよければ。」
「えっ…?」

わけもわからず車に乗せられ、混乱しているうちに話が進む。
ノゾミはますますわけがわからなくなってきた。

「大丈夫?」
「たぶん…」
「よかった。」
「あっ、え?それ、どっちの意味ででした?」
「今夜空いてる?って意味で。」
「ええっ!?」
「ダメとは言わせないよ?」
「うっ…」

汚してしまったスーツをこれ見よがしに引っ張ってみせるブルースに、ノゾミは何も反論ができなかった。



 
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