OTHERs

□12時の魔法
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 「さて、まずはドレスが必要だな。」
「ドレス、ですか…?」

断ろうとしたが「その服で行くつもり?」と言われ、言われるがまま着替えさせられることになった。
小綺麗にしていたつもりだが、この程度ではやはり不合格らしい。



「変じゃないですか?」
「いいや?」



奇跡的な偶然で遭遇した超有名なお金持ちにコーヒーをぶちまけてしまったら、今夜のパーティーに参加するパートナーにされてしまった。
おまけに、壊れた靴のかわりに新しい靴を買ってもらって、ドレスまで買ってもらってしまった。
金額は怖くて見ていない…。
上品なゴールド系のドレスに、それによく似合うハイヒール。
普段なら絶対に選ばない…というか、こういうものを売っている店にすら入らない。
馬子にも衣裳というが、はっきり言ってドレスに着られている気がしてならなかった。

「緊張してる?」
「少し…普段こんなドレス着ることなんてないし…」
「たしかに、そういうタイプじゃなさそうだ。」

というか、金銭的にも手が届かないのだが…お金持ちのおぼっちゃまにはわからない話かもしれない…。

「本当に変じゃないですか…?」
「変じゃない。君の黒髪によく合ってるよ。」

そう言って髪を梳く仕草に、心臓が跳ねた。

「か…顔…近いです…」
「…クククッ!」
「なっ、なんで笑うんですか!?」
「反応が新鮮でおもしろかった。」
「う…」

腰に腕を回されると、また心臓の辺りがそわそわした。

「あの…私、どうしたら…」
「君は僕の親しい友人を演じてくれれば良い。」
「そう言われても…」
「あとは好きに振る舞ってくれ。飲んで騒いだっていいし、誰とも話したくなければそれでもいい。」
「でも緊張しちゃって…」
「大丈夫。僕がすべてフォローするよ。」

なぜか、初対面の彼の言葉一つで安心してしまう自分が不思議だった。

金遣いの派手なプレイボーイ。
ノゾミの彼に対するイメージは世間となんら変わらずそんなものだったが…実際に会ってみると見た目も悪くないし、この子供のような無邪気さと、男らしい豪快さ、自信に満ちた言動、女性を引き付ける要素はたくさん持っていると思う。
しかし、ノゾミから見れば苦手なタイプでもあった。
彼は、一庶民でいて自己主張もあまりしないタイプのノゾミとは真逆の世界に住んでいる。
こんな場所に来ることはもちろんのこと、注目されることに慣れている。

「さ、行こうか。」

扉の向こうの世界に、ノゾミは腰が引けた。
煌びやかな世界には、自分はあまりに不釣り合いだと思ったからだ。
しかしそんなノゾミの心境などお構いなしに、ブルースは彼女を連れ歩く。

彼のまわりには常に大勢の人が集まっていた。
ノゾミが何も話さなくとも、皆の注目は彼、ブルースのものだ。

たった一枚のドアを隔てただけのそこは、まるで別世界だった。

地味で、特に取り柄の無いような庶民の自分とはまったく違う。
彼の住む世界はとにかく華やかで、輝いていて、ノゾミには少し息苦しかった。

“やぁ、ブルース。彼女は?”
“僕の友人の箱入り娘だよ。”
“人見知りしてるのかい?”
“こういう場に慣れさせてくれって、彼女の父上に頼まれてね。”

この場の雰囲気だけでめまいを感じた。
普段のノゾミなら目立たないようにしているし、こんな大勢の中心に立つなんて考えたこともない。
目の前で勝手に嘘の自分を作られていく様子を、ノゾミは気力なさげに見つめていた。



 
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