単品

□お見合いには首輪を持って
1ページ/12ページ








 お見合いをすることになった。

 もちろん俺が、というわけじゃない。就職浪人中の俺が見合いしたところで、来てくれる嫁などそうはいない。
 そもそも俺はゲイである。俺がゲイであることは親戚一同知っているから、そんな俺に見合い話を持ってくる人がいるわけない。

 お見合いをするのは、飼い犬のチャッピーだ。

 チャッピーは雌のプードルだ。元々は富裕家の親戚に飼われていたが、親戚が海外転勤になったおり、我が家に引き取られた。
 茶色の毛並みと黒いひとみがまるでぬいぐるみのようである。だがぬいぐるみな外見にそぐわず、どうやらものすごい血統の持ち主らしかった。

「チャッピーちゃんに、一般庶民みたいな暮らしはさせないでね」

 とは、親戚のおばさんの言葉である。だが俺の家は一般庶民だ。どこのメーカーの何とかというドッグフードなんて、そうやすやすは買えないのだ。
 おばさんが指定したドッグフードは、一ヶ月間で十万以上の金がかかる代物だった。

「仕方ないわ、生活費を送るから」

 と、ため息混じりにおばさんが送ってきた生活費は、なんと父親の月給以上の金額だった。なんだか切ないものを感じてしまった俺たち家族だが、チャッピーに罪はない。俺たちは総出でチャッピーをかわいがった。
 ちなみにチャッピーは愛称である。血統書には長ったらしい名前が書かれていたが、フランス語なので誰も読めなかった。

 そんなチャッピーが、お見合いをすることになった。
 きっかけは、やはりおばさんからの国際電話だ。

「そろそろチャッピーちゃんにお見合いをさせたいと思ってるの」
「お見合い?」
「そう。チャッピーちゃんの子供、見たくない?」

 そりゃ見てみたい。俺は膝の上で眠るチャッピーをなでながら頷いた。
 チャッピーに餌をやるのは、暇な俺の役目である。だからだろう、チャッピーは家族の中で一番俺になついている。
 しかし外見に反して案外打算的なチャッピーのことだ、他の家族の前では「あなたが一番!」みたいな態度をとっているのかもしれないが、まぁ俺にばれなきゃそれでいいさ、と、不倫中の妻をもった夫のようなことを考えている。

 それにしてもお見合いとは。
 俺は思わず呆れてしまった。

「お見合いなんかしなくても、一晩放し飼いにしておけばどこかで子供でも作るんじゃないの?」
「この大馬鹿者!!」

 海を越えて罵倒された。鼓膜が痛くなるくらいの大声で、昼寝中のチャッピーも、跳ね起きてきゃんきゃんと鳴き始めた。

「ほら、チャッピーちゃんも嫌だって鳴いてるわ。あんたのせいよ、このアホンダラ」
「俺のせいかよ」
「だってチャッピーちゃんに、どこの馬の骨とも分からない輩の子を産ませるなんて・・・・・・。そんな鬼畜な発言、よくできたものね。そんなんだから、あんたはホモになっちゃうのよ」
「性癖は関係ないと思う」
「細かいこと言うんじゃないの、女々しいわね」

 と、ものすごく理不尽なことを言われた。最初に性癖の話を持ち出したのは、おばさんのはずなのに。
 そもそも、人の性癖を「細かいこと」なんて一言で片づけないでほしい。俺だって、昔はそれなりに悩んだのだ。
 しかしこのおばさんを含め俺の親族はみんな大らかな質らしく、俺がゲイであることは、だからどうした、くらいの扱われ方しかしていなかった。

 まあ、そんな俺の事情はどうでもいいのだ。今はチャッピーの話である。
 しかし犬のお見合いなど、いったいどうすればいいのだろうか。人間のお見合いだってやったことのない俺なので、さっぱり見当も付かなかった。
 仲人は、やっぱり犬なのか。結納品はドッグフードか。そう尋ねると、おばさんは呆れたような息を吐いた。

「んなわけないでしょ。そうじゃなくて、サイトを利用しようと思ってるの」
「サイト」
「そう。犬専用のお見合いサイト」

 何だそりゃ。
 俺は呆れかえったが、どうやらおばさんの話では、血統書付きの犬だけを集めたお見合いサイトなるものがあるらしい。ますます何だそりゃ、だ。
 人間様のお見合いサイトでは、日々なりすましだの詐欺だのが横行しているのだが。

「そのサイトは大丈夫よ。入会の時には血統書の提示が求められるし、それに飼い主の素行調査も、きちんと行われているみたいなの」
「はぁ、そうですか」

 まさにお犬様だな、と俺は思った。徳川綱吉が存命ならば、涙を流して喜んだに違いない。

「入会手続きの方は私でやっておくから、あんたはチャッピーちゃんの写真を撮って送っておいてね。ちゃんと可愛い写真を選びなさいよ。あんた暇なんだから、それくらいできるでしょう?」
「・・・・・・まあ暇だけど」
「じゃあよろしくね。あらもうこんな時間じゃない!  レセプションに出る時間だからもう切るわよ。頼んだわね!」

 嵐のようだったおばさんの電話はそこで一方的に切れてしまった。本当に、なんて一方的な。俺は、まだ吠えているチャッピーの前に座り込んだ。

「おいチャッピー、おまえ、お見合いするらしいぞ」
「きゃん!」
「・・・・・・お姑さんが、優しい人だったらいいな」
「きゃん!」
「Yes、We・・・」
「わん!」
「いや、そこはキャンだろうが」

 自分がお見合いをすることなど、知りもしないチャッピーはいつも通りである。のどを撫でてやると、チャッピーはごろりと床に転がった。

「・・・・・・飯にするか」
「きゃん!」

 問いかけると、ぱっと床から立ち上がる。
 これは俺に懐いているというより、飯に懐いてるんじゃないだろうか。そんなことを思いながら、俺は台所へと向かった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ