単品

□君は僕のお人形
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 仕事を終えて帰ろうとすると、ホールで受付嬢に呼び止められた。
 同僚の中で一番人気の佐々木さんだ。俺もひそかに憧れている。どうしたの、と尋ねると、佐々木さんは華やいだ口調で言った。

「小野くんに迎えの人が来てるわよ。すっごく格好いい人! あの人、小野くんの知り合いなの?」
「格好いい人?」
「やーだ、とぼけちゃってー。今度一緒に飲みに行こうね。あの人のこと紹介して!」

 どうやらその人は、佐々木さんが興奮するくらいのイケメンらしい。しかし俺にイケメンの知り合いなどいないはずだ。
 取引先の人だろうか。首を傾げながら会社を出て、そこでようやく合点がいった。

「お疲れさまです」

 会社の前の広場でジェフが俺を待っていた。ティシャツ姿なのに人目を引く。会社から出てきた女性たちが、見惚けた表情でこちらを窺っていた。

「誰、あのイケメン!」
「一緒にいるの営業の人でしょ? 友達なのかしら」

 ひそひそ聞こえてきた声に俺はどっと疲れてしまった。平凡な人生を歩んできたので、人の注目を浴びるのは嫌いだ。
 何故迎えになんて来たんだ。俺が睨むと、ジェフはごまかすように笑った。

「雨の予報が出ていましたから。拓人は傘を持っていなかったので」
「・・・・・・ああ、そういうことね」

 ジェフの言葉を肯定するように、ぽつぽつと雨が降ってきた。ほらね、と言わんばかりの表情でジェフが傘を開いて差し出す。

「帰りましょうか」
「・・・・・・ああ」

 何故かジェフは傘を一本しか持っていなかった。アンドロイドなんだから、忘れ物なんかするなボケ。そう思いながら傘に入る。
 歩き出すと、やはり周囲からの視線を感じた。一様に、ちらちらとジェフを窺った後、となりの俺に気が付いて「何なのコイツ」という視線を俺に向ける。まさに針のむしろである。アパートに帰り付いたとき、俺は疲れはてていた。

「疲れているようですね。お風呂に入られますか?」

 疲れたのはお前のせいだ。そう言いたいのをぐっと堪えて「飯にする」と返事をした。

「はい、すぐご用意します」

 ジェフは従順に頷くと、すぐ台所に走っていった。何か夫婦の会話みたいだ。俺は亭主関白か。
 そんなことを考えると、ますます疲れが出てしまった。着替える気力もない。スーツ姿のまま俺は、ちゃぶ台のパソコンを立ち上げた。
 アンドロイドレンタル商会のサイトを確認するのが最近の俺の日課だった。しかし目当ての家政婦タイプのアンドロイドはまだレンタル中になっていて、俺は肩を落としてパソコンを閉じた。

 ジェフが来てから一週間。

 俺はジェフとの生活に、心から疲れはてていた。

 ジェフは自立思考型のアンドロイドのようだった。つまり俺が命令しなくても、自分で考えて行動するのだ。
 いちいち用事を頼まなくて済むなんて、なんて便利だと喜んだのは最初の二三日だけだった。
 次第にジェフは、俺に干渉してくるようになってきた。炊事洗濯はもちろんのこと、俺が何かをしようとすれば先回りしてこなしてしまうし、俺が疲れたそぶりを見せればマッサージまでしてくる始末だ。

 人によっては天国みたいな生活だろう。けれど、俺には息苦しいだけだった。

 ジェフが俺のために行動してくれているのは分かっている。本来アンドロイドは、そのために造られたのだから。
 でもジェフの場合は少し干渉が過ぎるのだ。いつもジェフに見守られている毎日に、俺はうっとうしさを感じていた。

 食事を済ませて、風呂に入ることにした。ギプスにはジェフがビニールを巻いてくれる。
 一人の頃は、うまく風呂にも入れなかった。その頃に比べれば今は天国なのだろうが、何だか俺は鬱々とした気分を隠せない。
 湯船に浸かっていると、扉がノックされた。いつものことだ。俺の返事を聞かずにジェフが入ってきた。

「お背中を流します」
「一人で大丈夫だよ」
「でも拓人は、腕を使えないでしょう?」

 完璧な笑顔で俺の意志は無視された。持ち主の命令を聞かないアンドロイドって、何だそりゃ。これ以上押し問答しても無駄なので、俺は諦めて湯船からあがった。
 全身を洗われるのには抵抗があったけど、何度言ってもジェフに押し通されてしまう。微妙な気分で体中を洗われた。
 ジェフは服の裾をまくってタイルに膝をついている。美形にかしずかれている俺、を想像するだけでげんなりした。
 ぼんやりジェフを見下ろしていると、ふと白い首筋にボタンのような物があった。
 初めて気がついた。いつもは髪を下ろしているから、見えなかったんだろう。今のジェフは現実感のない赤い髪をひとつに結わっていた。
 俺は、指先でそのボタンに触れた。

「このボタン、何なの?」
「ああ、そこは触らないでください」

 ジェフは慌てたように俺から離れた。ジェフが慌てる姿なんて見るのは初めてだ。

「それは強制電源です。押されたら、私は止まってしまいます」
「そうなの?」
「電源を落としても特に支障はありませんが、私の体を運ぶのは大変でしょうから」

 そりゃそうだ。俺はボタンから指を外した。
 しかし最新型のアンドロイドにも電源があったとは。いいことを聞いたな、と内心思った。
 ジェフの干渉に耐えきれなくなった時は、電源を落としてしまえばいいのだ。
 そう考えると、沈んでいた気分が少しだけ上昇した。突然機嫌よくなった俺に気付いたのか、ジェフが俺を見上げてくる。

「どうかしましたか?」
「ううん、別に」

 ジェフがまた下を向く。その首筋にある電源が、俺には頼もしい味方に見えた。
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