単品
□惣菜はストーキングの後で
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朝早くに店を開けるのは、親父の代からの習慣だ。その日も暖簾を出すと、すぐに常連客がやってきた。
「厚焼き卵と、ごぼうの白和えね」
「毎度」
他の店より開店時間が早いのは、この辺りに住む会社勤めの人たちが、出社前に立ち寄れるようにと考えてのことだった。
この辺りにはコンビニもないので、店はそれなりに重宝されているようだった。
「五目ご飯と牛肉の包み揚げふたつね。ぬか漬けもおくれ。おや、それは?」
「鯛のしんじょですよ。ちょっと出汁を変えてみたんです。良かったら、味見してみてください」
「なかなか美味いね。先代の味に似てきたじゃないかい」
「そうですか?」
常連の老婆の言葉に、俺はにっこりと笑った。親父の味に似ている、と言われるのは嬉しい。
だがそう言われるのは希なことで、たいていは「まだまだだね」と厳しい評価をもらっている。
下町ならではの人情あふれる人たちは、家族相手のように俺の惣菜を評価してくれる。
天涯孤独になってしまった俺にとって、そんな常連客の態度は心に沁みるものだった。まだまだだね、と言われるたび、身が引き締まる。
老婆と世間話をしていると、次のお客さんがやってきた。
「いらっしゃい」
初めて見るお客だった。ぱっちりした目と緩いパーマがかけられた髪がまるでお人形さんのような、ここらではちょっと見かけないような美女だ。
テレビか雑誌から抜け出してきたような風貌に、俺と老婆はそろって彼女に注目した。
「あの・・・・・・」
しかも声まで可愛らしい。真っ白な手で、持っていた手提げ袋を差し出してきた。
「ここで、お弁当を詰めてもらえるって、聞いたんですけど」
「ああ、はい。やってますよ」
客が持参した弁当箱に惣菜を詰めるのは、やはり先代から続いているサービスだ。
多分、親父は弁当箱を調達するのが面倒だっただけだろう。だが客からの評判もいいので、俺も続けて行っていた。
差し出された袋の中には、美女には似つかわしくないシンプルな弁当箱が入っていた。蓋を開けて、俺は「何にしますか?」と美女に尋ねた。
美女は真剣な表情で惣菜を見渡してから。
「えっと、その卵焼きと・・・・・・豚の梅肉そぼろかけと・・・」
「はい」
「あと、山菜おこわを入れてください」
「分かりました」
美女が選んだものは、全て俺の好物だった。どうやら食べ物の好みが似ているらしい。
彩りが偏らないようにおかずを詰めて美女に見せると、美女はぱっと華やいだ笑みを浮かべた。思わず凝視しそうになるくらい可愛らしい笑顔だ。
「すごい・・・綺麗・・・・・・」
「ありがとうございます」
そんなに感激してもらえると、作った甲斐があるというものだ。俺が金額を言うと、美女は「少し足りないんじゃないんですか?」と小首を傾げた。
「サービスですよ。良かったらまたいらしてください」
「あ・・・ありがとうございます!」
美女は頬を赤らめて満面の笑みを見せた。本当に可愛らしい。俺は駆けていく美女の後ろ姿を、鼻の下を伸ばしながら見つめていた。
「可愛い子だったねぇ」
すっかり存在を忘れていた老婆が、いやらしい目つきで俺を見てきた。
「ああいうの、デルモって言うんだろ? デルモだよデルモ。あんた知ってるかい?」
「・・・・・・婆ちゃん、そりゃちょっと古いぜ」
はしゃぐ老婆につっこんでいる間に、美女は視界から消えていた。また来てくれれば良いなと思いながら、俺は次のお客さんの相手を始めた。