単品
□茹だる夏
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「昨日は突然のことで驚いたよね。あれから俺も反省したんだ。いきなり告白されたら、そりゃ驚くよね」
「うん、まあ・・・驚いたな」
それは事実だ。しかし俺が驚いたのは津久井が告白してきたことではなくて、津久井のような完璧君でも頭のネジが緩むことがあるのだ、という事実に対してだったのだが、津久井に悪いのでそれは口には出さなかった。説明するのが面倒だったということもある。
普段通っている道。
まだ学校から遠いこともあって、そこには同じ学校の生徒はいなかった。
だが通勤途中らしいOLさんや他校の生徒たちは歩いていて、その誰もが俺たちを、というか俺の隣の津久井を凝視していた。
そして一様に俺を見て「なんでこんな地味な子が一緒に歩いているの」とでも言いたげな表情をする。あまりの居心地の悪さに、まだ学校への道のりは長いのにすでに俺は家に帰りたくなっていた。
しかも津久井は何が楽しいのか、満面の笑みで頻繁に俺に話しかける。告白、なんて危うい話題まで出されて、俺はびくりとしてしまった。
人に聞かれて誤解でもされたらどうするのだ。しかし常に人の中心にいる津久井は、他人のことなど気にもとめていないらしい。
やがて駅が近づき、少し人影がまばらになった。周囲に人がいないことを確認してから、俺はおそるおそる口を開いた。
「・・・っていうかさ、昨日のってマジだったの?」
「昨日の、何?」
「だから、あの・・・・・・俺と付き合いたい、とかいうやつ」
付き合いたい、の一言は声が小さくなってしまった。津久井が俺と付き合いたいだなんて、あまりにも有り得なさすぎて口に出すのも恐れ多い。
津久井が真剣な表情で俺を見ている。いつもはきりっとしている眉が訝しげにひそめられた。
「・・・・・・野田君は、俺が君をからかったとでも思ってるの?」
「いや、そういうわけじゃなくて。・・・・・・正直、暑くて津久井の頭がおかしくなったのかな、とは思った」
「・・・だから、返事をくれなかったんだね」
「それは謝る。マジで悪かった」
津久井の声が一瞬ひんやりと冷えて聞こえたので、俺はあわてて謝った。たしかに「おかしくなった」なんて、俺みたいな平凡君に言われたら頭にくるだろう。
だが津久井の雰囲気が冷たかったのは一瞬だけのことだった。すぐに表情を和らげた津久井は「本気だよ」とさらりと口にした。
「へ?」
「頭がおかしくなったんでも、からかったんでもなくて。俺は本気で野田君のことが好きなんだ」
一気に言われて、俺の頭は真っ白になった。
津久井が、本気で俺のことを好き?
その可能性は、全く考えていなかった。
俺の中で昨日の告白は、1・津久井の頭がおかしくなった、2・からかわれた、3・罰ゲームだった、のどれかだと確信していて、あれが本気の告白だなんて一ミリも考えていなかった。
だってそうだろう。全く接点もない平凡な俺を、何故もてまくりの津久井が選ばなければならないのか。そもそも男同士だ。もしかして津久井はゲイなのだろうか。
格好良くて女の子などよりどりみどりな筈なのに、ゲイで凡専(平凡専門のこと。俺が今作った)だなんて、何というか人生って上手くいかない。
だが津久井は首を振った。
「俺はゲイじゃないよ。同性を好きになったのは野田君が初めてだしね。それに前付き合ってたのは女の子だよ」
「でも何で俺なんだ?」
「一目惚れってやつかな」
津久井は恥ずかしい単語をさらりと言った。
「初めて会ったときから気になってたんだ。それから見る度に好きになった。本当は話しかけたかったけど・・・緊張して、言葉が出なかったんだ。挨拶だけでも、俺はすごくどきどきしてたよ」
ものすごい熱烈な告白だった。俺が女の子ならころりと参ってしまいそうだったが、実際は俺のこころは全く揺り動かなかった。
当然だ。俺はゲイじゃないし、津久井のことも別にそういう意味で好きじゃない。いい奴だとは思うが、それは遠目に津久井をみた結果の感想だ。好き、という事とはまた違う。
だから俺ははっきり言った。津久井が真剣なので、はっきり答えを返さないと悪いと思ったのだ。
「俺は、津久井とは付き合えない」
「どうして?」
「悪いけど、俺は男と付き合うなんて考えられない」
「・・・・・・そっか」
津久井は目を伏せて、少し傷ついた表情をした。その表情に俺の罪悪感が疼いたが、しかし下手な慰めは余計に津久井のこころを傷つけるだけなので黙っていた。
しばらく津久井は無言だった。道の途中で立ち止まってしまった俺たちに、追い越す人たちが迷惑そうな視線をよこした。
「わかった」
やがて津久井は顔を上げてうなづいた。分かってくれたのだ。俺はほっとしたが、津久井はさらに言葉を続けた。
「じゃあ、友達でいい」
「友達?」
「そう、友達。それとも俺みたいなのが友達じゃ、やっぱり迷惑かな?」
「いや、友達なら・・・・・・」
いいのか?
俺は内心首を傾げたが、しかしこれ以上津久井を傷つけるなんてこと平凡な俺にはできそうになかった。
そもそも、先ほど告白を断ったのだって俺のなけなしの勇気をはたいた行為なのだ。慣れない事をしたせいで、俺にはもう何かを判断する気力など残されていなかった。
「分かった。じゃあ、友達ってことで・・・」
「よかった」
呟くほどの俺の小声に、津久井は輝くような笑みを見せた。その笑顔はまさに王子様といった感じで、こんなにも世界が違う相手に友情など感じられるだろうかと、俺は内心不安を覚えていた。