単品

□茹だる夏
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 次の日の目覚めは最悪だった。

 前日の夜、津久井の告白を思い出しては首をひねり、やはり暑さのせいだろうと自分を納得させ、ということを繰り返していた俺は夜明け前まで眠ることが出来なかった。
 おかげで睡眠不足だ。そのうえ朝から茹だるように暑く、辟易しながら俺はベッドから起きた。
 汗まみれのパジャマを着替えて台所へ向かうと、そこも異様な熱気だった。
 あげくに母親がスリップ一枚で朝食の準備をしていて、何だかやるせない気分にさせられた。

「あら裕太、今日は早いじゃない。暑いから朝ご飯はそうめんでいいわよね」
「昨日もそうめんだったじゃねーか。それより三段腹をしまえよ、クソババア」
「その三段腹から産まれたくせに何言ってんの。もっと三段腹を敬いなさい」
「いや無理だから」

 宣言通り、出された朝食は夕飯の残りのそうめんだった。暑さで記憶が朦朧としているが、思い返せばここ一週間、俺はそうめんしか食べていない気がする。
 時間が経って固まってしまったそうめんをすすっていると、玄関でチャイムの鳴る音がした。

「はーい」

 スリップ姿のまま、母親が玄関に向かおうとする。

「え、その格好で表に出んの?」
「うるさいわね、何か文句ある?」
「せめて三段腹は隠せよ」
「私はこの三段腹に誇りを持ってんのよ。誰に見せたって恥ずかしくないわ」

 いや、息子の俺は恥ずかしいのだが。と思ったものの、暑さで堪忍袋の尾が短くなっているらしい母親にそれ以上文句を言うのはためらわれて、俺は言葉をつぐんだ。
 まぁこんな時間にうちに来るのは、お隣のおばちゃんくらいだろう。御年七十歳のおばちゃんもよくスリップ姿で庭に水をまいたりしているので、今更母親の姿を見てもどうこう言うまい。と、俺は無理矢理自分を納得させて食事にもどった。
 うん、やっぱり夏はそうめんだよな。
 だが。

「裕太ー!!!」

 母親の怒鳴り声が聞こえたかと思ったら、どどどど、とすさまじい勢いで母親が台所に戻ってきた。

「裕太!あんたにお客様!!」
「俺にぃ?」

 朝から家に来る客など、俺には思いつかなかった。クラスの友達はみんな家が遠いので、休日くらいしか遊びに来ない。
 眉をひそめる俺に、興奮した母親が詰め寄ってくる。

「すごいイケメン!ジャニーさんもびっくりの超イケメンが、裕太君いますかって、私に話しかけてきたのよ!!」
「ババアそれ、ジャニーさんって言いたいだけだろ」
「うるさい!ああ、どうしよう・・・あんなイケメンに三段腹見られちゃったわ・・・・・・」
「え、誇りに思ってるんじゃねーの?」
「思うわけないでしょ、このアホンダラ!!つべこべ言わずに玄関へゴーよ!」

 暑苦しいテンションの母親に促されて、俺は玄関へ向かった。するとそこには、確かにジャニーさんもびっくりするだろうイケメンの、津久井が立っていた。

「おはよう、野田君」

 にっこりと笑う顔には汗一つなく、それどころか津久井の周りだけは爽やかな風が吹いているようだった。

「こんな朝早くにごめんね。でも一緒に登校したいと思って・・・・・・迷惑だったかな?」
「いや、迷惑なんてことは・・・・・・」

 嘘だった。
 津久井と一緒に登校するなんて、俺にとっては拷問にも等しかった。平凡地味な人生を送ってきた俺にとって、津久井の隣、なんて居るだけで注目を浴びそうな席はこころから遠慮したかった。
 だが、それを言うのはあまりに自分勝手すぎてはばかられた。
 それに、俺は昨日の津久井の告白を無視してさっさと下校してしまったのだ。突然の事態に混乱していたとはいえ、あまりにも津久井を馬鹿にした行為ではある。そのことも、とりあえず謝っておきたかった。
 それから、あの告白の真意も聞いておきたいし。

 そんなもろもろの事情から、俺は仕方なしに頷いた。
 ぱっと顔を輝かせる津久井の背後の風景は、蜃気楼のように揺らめいていて、俺は目の前にいる津久井も蜃気楼だったら良かったのになんて、馬鹿なことを思ってしまった。
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