単品

□部屋と総長とわたし
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 そんなわけで、俺はチームを抜けた。

 はずだったのだが。


「・・・・・・もう一遍、言ってみろ」

 低く聞こえたその声に、俺はびくりと肩を震わせた。
 場所はチームの溜まり場。床に正座させられた俺の前には、なぜか超絶不機嫌の総長、麻生さんがソファに腰掛けて俺を見ている。
 俺たちの周りには幹部全員が勢ぞろいだ。メンバーの個性が強いぶん個々に動くことが多いチームなので、幹部がそろっているところを見たのは俺も初めてのことだった。

「なぁ、智哉」

 麻生さんが俺の名前を呼んだ。伸ばされた手で顎を掴まれ、無理やり上を向かされると血走った麻生さんの目があった。

 全く意味が分からない。
 俺は今の状況に、心底混乱していた。



 こうなった経緯は理解している。端的に言えば、俺は拉致されたのだ。

 もっと詳しく説明すると、入学式を三日後にひかえた俺は浮かれまくっていた。浮かれまくった挙げ句に手元が狂い、携帯をトイレに流してしまった俺は、これじゃ折角の入学祝いの写メが撮れない!と、新しい携帯を買うためアパートを出た。
 するとなんと、アパートの前に幹部のみなさんが勢ぞろいしていたのだ。
 それはえらい光景だった。築四十五年の木造アパートの前の路地に勢ぞろいしたバイクと、明らかに戦闘態勢に入った大勢の不良、という構図に、通行人の方々はあわてて踵を返していた。

 何じゃこりゃ!

 と、俺はとにかくびっくりした。というか俺はその時点で、そこに集まった皆さんがチームの幹部だと気付かなかった。
 気付かなかったというか、忘れていた。チームのことは俺の中ですでに過去の遺物になっていたのだ。

 というわけで、俺は、今からこの路地で血にまみれた抗争が起こるのだと納得した。それはきっと、一般人の俺には見るに耐えない光景だろう。携帯を買うのは後日にして、とりあえず家に戻っておこう。
 一瞬のうちにそう考えた俺は、アパートに戻ろうとした。
 だがそれよりも早く、幹部の誰かから怒号がかかった。

「逃げんじゃねーぞオラァ!!」

 え、俺ですか?!
 なんて疑問を持つ暇もなかった。そうして俺は、幹部の皆さんに取り押さえられた挙げ句、荷物のようにくるまれてバイクの荷台に乗せられて、あれよと言う間にここへと連れてこられたのだった。



 思い返すと立派な拉致誘拐である。これって犯罪だよな・・・と遠い目をした俺の脇を、麻生さんの長い足がすり抜けていった。

 がっしゃあああん!!

 もの凄い音がして、振り返ると俺の後ろにあったガラス製のテーブルが倒れて粉々に割れていた。

 え!めっちゃ怖いんですけど!!

 あまりの光景に全身の毛が逆立った。しかもそんな俺の顔を強くつかむと、麻生さんは無理やり俺の顔を自分の方に向けさせた。

「なぁ、何だか変なことが聞こえた気がするんだよ。もう一度言ってみろや、智哉。お前、このチームをどうするって?」

 麻生さんは何故か怒っていた。
 銀色の髪は今にも逆立たんばかりで、赤い目は爛々と血走っている。こんな麻生さんを見るのは初めてで、俺は怯えるのと同時にふしぎに思うばかりだ。
 何故麻生さんは怒っているのか。
 さっぱり分からないし、とりあえず時田に伝えた意向は麻生さんまで届いてなかったようなので、俺は仕方なく口を開いた。
 くそう時田め。お前は伝書鳩にもならないのか。

「ですから、俺、チーム抜けます」

 言った瞬間、麻生さんのこめかみにぴきっと青筋が立ち、背後の幹部たちからは「おい冗談はよせ!!」と悲鳴があがった。
 だが冗談なんかじゃないぞ、と俺は思った。冗談なんかで県下有数の進学校に受かるわけないのだ。まあ最初は冗談半分だったけど。

「麻生さん、俺、高校に受かったんですよ。すごい進学校なんです、授業が夜中まであるくらいの。だからもう此処には来られないし、俺がいなくても別に問題はないですよね?そういうわけで、俺チーム抜けます」

 むしろ凄いと誉めてほしい、という気分で俺はもう一度麻生さんに宣言した。すごい進学校、のところに力を込めて、ついでに胸も張ってみた。
 だが。

「・・・・・・ざけんじゃねーぞ」

 ぎりぎり、とますます強い力で頭を掴まれ、俺は悶絶した。やめて、昨日覚えた公式が抜けちゃう!と思ったものの、麻生さんの目が怖すぎてそんなこと言える雰囲気ではなかった。

「テメェ、俺が今までどんだけ苦労してお前を懐かせたか、分かってんのか、アァ?お前が怯えるから、お前の前じゃ暴力も振るわなかったし、可愛がってやったじゃねーか。お前だって俺に懐いてただろ?それを今更、何言ってんだ?」
「え、俺懐いてたんすか?!」

 俺は吃驚した。麻生さんに可愛がられた記憶はあったが、懐いていたつもりは全くない。親切なのは俺がチームで最年少だからだと思っていたし、むしろ暴力など振るわなくても外見だけで麻生さんは怖かったのだが。
 だが俺の一言に、幹部の皆さんから一斉にヤジが飛んできた。

「智哉、何寝言言ってんだ!!」
「総長にあんだけ優しくしてもらっといて、その恩を忘れたのかよ!」
「お前が来なくなった後の総長が、どんだけ荒れたか知ってんのかゴラァ!!」
「鬼の総長がテメーには腰抜けだったじゃねーか!」
「どろどろのべろべろだったじゃねーかッ!!」

 後半、なんかおかしくないか?!
 仮にも総長相手に腰抜けってそりゃどうよ、と思ったが相変わらず俺の頭は麻生さんによって締め付けられていて、声など全くでなかった。つかこれ、万力か?!万力なのか、そして俺は木材か!!

「・・・・・・智哉」

 麻生さんの目がずいっと俺に近付いた。常々思っていたが、相変わらず怖くて綺麗な双眸だ。怒り狂っていても格好いいなんてイケメンって狡いな、などと俺は場にそぐわないことを考えてしまった。
 薄いくちびるが、にやりと笑みの形を作る。

「お前には、たっぷり教えてやらなきゃいけないなぁ。テメーが誰のモンかってことを」
「はい?」

 いや俺は俺のモンですが、何か?

 という突っ込みは、できなかった。それより先に俺は麻生さんの手によって抱えあげられてしまったのだ。

「え、ちょっ、何すかコレ!!」
「うるせえよ。もう二度と馬鹿げたこと言い出せないくらいにしてやるから、覚悟しろ」
「覚悟って!!ぎゃああ!!」

 そうして俺は、再度拉致誘拐されてしまったのだ。
 荷物のように運ばれる俺を見て、幹部の隅に立っていた時田が「だから忠告したじゃねーか・・・」と呟いていたが、時田、お前忠告なんかしなかっただろ?!お前こそなに寝言言ってんだ!!

 などという俺の文句もむなしく、俺は麻生さんによってその場から連れ去られたのだった。
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