単品
□五十木と万里
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出かける直前、母親が数珠がないと騒ぎだした。運転席の父親が呆れた顔で母親を見る。
「バッグの底にでも入ってるんだろう。お前、そのバッグ二重底になってるって自慢してたじゃないか」
二重底の何が自慢になるのか。俺は呆れたが、助手席でバッグを漁る母親の顔は真剣だった。
「ない、ないわよ。どうしましょう、皆の数珠も一緒にまとめてポーチに入れたはずなのに・・・」
と、はっと顔を上げて俺を見た。
「そうだわ、万里の部屋よ。さっきあんたの部屋に入った時はポーチを持ってたもの」
「ああ、そういえば」
確かに思い返してみれば、ファスナーを閉めてと頼んだ母は手にポーチを持っていた。だが「早く、遅れるわよ!」と俺をせかして部屋を出た母は手ぶらだった。
となると、やはり俺の部屋に置いてきたのだ。こんな日まで落ち着かない母親に、息子ながら呆れてしまう。
「・・・・・・俺の部屋の、どの辺に置いたか憶えてる?」
「私がおぼえてるわけないでしょ。ベッドの上とか、たぶんその辺りじゃないの?とにかく探してきて。急いでね!」
突っ込みどころ満載の母親に手を振られて、車を降りて家に戻った。
自分で置き忘れたくせに「おぼえてるわけない」と宣い、なおかつ「急いで」とせかす母親はまこと自分勝手だったが、十五年も一緒にいればいい加減もう慣れた。焦っている母親には逆らわないほうが身のためだ。
部屋にもどり、ベッドを探したがポーチは無かった。母親の行動を思い出しながら俺は床やソファの辺りを見渡した。
そういえば机も見ていた。
俺の机の上にはコルクボードが置かれていて、母親はそこに貼られた写真を見ていた。思いだした俺は机をさぐり、もしかしてと思って引き出しを開いた。
引き出しの中にもポーチはなかった。だが中にあった写真の束に、俺は眉間にしわを寄せた。
百枚以上ありそうな写真。
その全てが、隠し撮りされた俺の写真だ。
顔を背けて引き出しを閉めた。力の加減がうまくいかずに、ばんっと大きな音がした。
落ち着くために、目を閉じた。瞼の裏側は漆黒だ。そこに五十木の顔が浮かんだ。
最後に見た五十木の顔。涙をながして、五十木は俺にすがってきた。
五十木。
五十木は、幼なじみだった。
五十木は、もうどこにも居ない。