単品

□1万回のキスを君に
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 着替えが終わったところで玄関のチャイムが鳴った。
 出ると、友人が立っていた。

 放課後は毎日彼女とデートをする友人だが、夜になると俺のアパートに遊びに来る。たぶん、彼女の家が厳しいとかの理由で夜まで遊ぶことができないのだろう。

「今晩泊めて」
「いいよ」

 友人は、頻繁に俺のアパートに泊まる。
 以前聞いたところによると、友人の両親は仲が良くないらしく、あまり家に帰りたくないらしい。
 最近ではほぼ毎晩泊まりにきているので、俺のアパートには友人の着替えや食器、はては歯ブラシまで置いてある。
 ちょっとした共同生活のようだ、と思うが、俺は基本的に友人を歓迎している。

「今日は麻婆豆腐にしようと思って買ってきた。台所借りるぞ」
「いつも悪いな」

 こんな風に、友人は泊まる時いつも夕食を作ってくれるからだ。友人の料理の腕はなかなかのものだ。少なくとも、野菜炒めしか作れない俺とは雲泥の差である。
 キッチンに立つイケメンなど、女子たちが見ればきっと大騒ぎになるだろう。
 だが、とりあえず此処には俺しかいないので、騒ぐこともない。
 俺が手伝っても邪魔をするだけなので、俺はいつもとなりの部屋でテレヴィを見たりマンガを読んで過ごしている。
 自堕落にしているといつの間にか料理ができているなんて、天国のようだと思う。

「ほら、出来たぞ。今日はちょっと辛口にしてみた」
「美味いな」
「そりゃ良かった」

 食べ終わった後の片づけは俺の仕事だ。しかし要領のいい友人は、料理を作りながら片手間に洗い物をしているようで、俺が片付けるのはいつも俺たちが使った食器くらいのものだ。

 簡単な洗い物を終えると、友人は風呂を掃除してくれていた。イケメンなうえ目端まで利く男である。

「今お湯汲んでるから、先入れよ」
「いや、今日はお前からでいいよ。いつも洗ってくれてるしさ」
「俺は後で良いから」

 風呂掃除をしてくれる友人は、いつでも俺に風呂を譲る。多分、俺が一応ここの家主だからだろう。
 何度か先に風呂をすすめたが、毎回断られた。
 イケメンなうえに目端が利き、さらに謙虚だなんて、女子たちからすればフリーザ様並の攻撃力だろうと俺は思う。ちなみに俺はドドリアさんが好きである。

 ちゃーらー、へっちゃらー、と鼻歌を唄いながら俺は風呂に入った。完璧な友人は、お湯を汲むだけではなくて入浴剤まで入れてくれる。
 友人の好みは、湯が白く濁るタイプの入浴剤である。俺は入浴剤を買ったりしないので、多分友人が、食事の材料と同様に買ってきてくれるのだろう。
 以前、夕食代を払うと申し出たが、「家賃代わりだから」と断られた。
 何度か固持された後、まぁ友人の家は裕福らしいので、それで友人の気が済むのなら、と俺は気にしないことにした。
 イケメンのうえに目端が利き、さらに謙虚であげく金持ちなど、どんな伝説の超サイヤ人だと俺は思う。ちなみに、劇場版のバイオブロリーには幼心にめちゃくちゃ泣かされた記憶がある。あれはマジでホラーである。

 俺が風呂から出るのと入れ違いに、友人は風呂場へと入っていった。
 部屋に戻るとベランダに干しっぱなしだったはずの洗濯物が畳んであった。何から何までお世話になりっぱなしである。
 友人が風呂から出たらお礼を言わなくちゃなーと思いながら俺はドラゴンボールを読み始めた。やはり至高はフリーザ戦だが、魔人ブウとミスターサタンの友情も泣かせる。
 ちなみに俺の好みはランチさんである。天津飯が羨ましい。


 マンガに没頭しているうちに、俺は眠ってしまったらしい。
 気が付くと朝になっていた。
 台所からはいい匂いと物音がしている。友人が朝食を作っているようだった。

 いつの間にか眠っていたベッドで、俺は伸びをした。夕べは床に寝転がっていたはずだが、多分友人が運んでくれたか、無意識のうちに自分で移動したのだろう。
 これもまたいつものことなので、特に疑問はわかなかった。

「おはよう、いつも悪いな」
「いいんだよ。俺、料理作るの好きだし」

 台所にいる友人に声をかけて、俺は洗面所へ向かった。
 鏡を見ると、何故かくちびるが腫れていた。悪夢でも見て、くちびるを噛みしめてしまったのだろう。
 そのうえ首のあたりに赤い跡が点在していた。キスマークだったら泣けるほどうれしいが、もちろんそんなわけはないので、ベッドにノミでもいるのだろう。

 そういえば最近、マットを天日干ししていない。

 今度の休みにはマットを干そう。俺はそう決心した。
 顔を洗って部屋に戻ると、朝食の準備がととのっていた。今日のメニューは和風である。
 しかし、朝から煮魚をつくる男子高校生はそうはいないだろう。少なくとも俺は、魚を調理しようという気も起こらない。

 朝食を食べ終わり、ふたりで揃ってアパートを出た。
 友人は上機嫌だった。俺が見ている限り、たいてい友人は上機嫌だが今日はさらに笑顔である。
 イケメンの笑顔は眩しすぎて、見ているだけで目が潰されそうになるのが難点である。

「何かあったの?」
「ああ、ちょっといいことがね」

 多分、彼女からメールか電話でも来たのだろう。それだけのことでこれだけ上機嫌になれる友人を、俺はうらやましく思った。
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