単品
□1万回のキスを君に
1ページ/5ページ
1
俺の友人には彼女がいる。
俺と友人が知り合った頃に付き合い始めたらしいので、もうかれこれ三年は付き合っている計算だ。
今時の高校生にしては長続きしていると思う。とくに友人は女子から「王子」とあだ名を付けられるくらい目鼻立ちが整っているから、誘惑も多そうなものなのに、それでも脇目をふらず一人の子を好きでいつづけているなんて、すごいと思う。
実際に言ったことはないが、内心ではそう思っている。
「お前の彼女ってどんな子なの?」
と俺は尋ねたことがある。友人に好かれているくらいだから、モデル並に可愛い子だろうと思ったのだ。
しかし実際は違うらしい。友人は少し苦笑した。
「よく地味だって言われてるみたいだ。俺は可愛いと思うんだけどね」
「へぇ、そうなんだ。意外だな」
「そうかな?でも性格はすごくいいよ。一緒にいるだけで幸せな気分になるんだ」
「はぁ、ごちそうさま」
のろける友人は顔が溶けそうなほどにやけていたが、それでも目を見張るほど格好良かった。
イケメンは得だ、と俺は思う。友人と付き合いを始めてからは、特にそう思っていた。
しかし、友人にこれだけ好かれている地味な子とは、一体どんな女の子なのだろう。
俺は常々友人の彼女を見てみたいと思っているが、まだ一度も会わせてもらったことはない。
彼女のことが好きすぎる友人のことだ、きっと俺に会わせて横恋慕されたら堪らないとか思っているのだろう。
だがそれは余計な心配というものである。俗にいう平凡顔の俺には、他人の彼女をうばう器量など一ミリもない。
現に、俺は三年間彼女ができないままだった。
いつも女子に囲まれている友人の側にいるはずなのに、薄味な俺の顔は女子たちの視界には全く入っていないらしい。
ところで、友人は、放課後よく彼女とデートをする。
どうやら彼女はうちの高校の生徒ではないらしい。というのも、俺は友人がうちの学校の女子とふたりで歩いているところを見たことがないからだ。
他校の生徒との恋愛では、やはり放課後デートはかかせないものだろう。
というわけで、俺はいつでも放課後は一人だ。
その日も、彼女とデートをするという友人と別れて一人で帰った。
といっても、まっすぐ帰宅することは少ない。俺は一人暮らしで、誰もいないアパートに帰るのは少し寂しいからだ。
だが友人以外にろくな付き合いのない俺は、一緒に遊びに行くツレもいない。そんなわけで、俺はこの三年間で一人遊びが得意になっていた。
その日行ったのはバッティングセンターだ。学校の近くにある古びたそこは、人気がなく、集中して遊べそうで前から行きたいと思っていた。
俺はそこで二時間ほど汗を流して、ラーメンを食べて帰宅した。
アパートに入ると、留守番電話のランプが光っていた。
高校生の一人暮らしには珍しいだろう家電は、祖父からの入学祝いだった。祖父曰く「金に困ったら最初にこの電話加入権を質草に入れなさい」だ。
祖父はちょっとずれていると思う。今時電話加入権など売ったところで一文の足しにもならないし、そもそも俺はそんなに金遣いの荒い方じゃない。
もっと孫を信用してくれてもいいと思う。
電話の液晶に表記されたナンバーは非通知だった。
いつものことだ。俺は再生ボタンを押した。
「・・・・・・・・・・・・」
いつものように、相手は無言だった。しばらく無言で、そのうち荒い息の音が聞こえた。
「・・・・・・はあ、・・・はぁ・・・・・・」
男の声で、何をしているのかは同じ男だから俺もわかる。
つまり、これはいたずら電話だ。
相手が俺のようなやつで申し訳ないといつも思うが、非通知なので「相手をお間違いですよ」と電話をかけなおすこともできない。
いたずら電話がかかってくるようになったのは、高校に入学してすぐの頃だ。
たぶん相手は、俺をおんなのこだと勘違いしているのだろう。
俺がいる時に電話がかかってくれば一言忠告することもできるのに、タイミングがいいのか悪いのか、相手が電話をかけるのは決まって俺が留守の間だ。
無言電話は三十分ほど続いてから切れた。電話代も馬鹿にならないだろうに、ご苦労なことだと俺は思う。
留守電を流しっぱなしにしたまま、俺は着替えをした。喘ぐ男の声がBGMだなんてよくよく考えれば気色悪いが、三年も同じものを聞いているので慣れてしまった。