単品
□精霊さん、いらっしゃい
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その日も、俺は人間界に呼び出された。
ちょうどその時、俺は送られてきた給料明細を見てため息を付いているところだった。
中身は散々なもので、人間界に呼び出される時間、つまりは時間外労働が増えているのに給料はいっこうにあがっていない。
この分だとボーナスも期待できないな、とがっくり肩を落としていると、不透明な空から緊急のベルが鳴り始めた。人間界から呼び出しがかかったサインである。連日呼び出されている俺は、そそくさとその場を立ち去ろうとした。
だが。
「おい下っ端。おまえちょっと行ってこいや」
「・・・・・・はーい・・・」
先輩達には逆らえず、俺は仕方なく人間界へと赴いた。
異世界間のゲートをくぐり、人間界に降り立つと俺が呼ばれた魔方陣へと辿り着いた。どうやら今回は道具を使われての召還ではなかったらしいと俺は胸をなでおろした。
先日などは便器の汚れを吹き飛ばすために、便所に呼ばれた俺である。最近の人間は、精霊を便利な道具か何かだと勘違いしているらしい。
久しぶりの魔方陣での召還にうきうきしながら、俺は辺りの様子をうかがった。
そこは狭いが豪奢なつくりの部屋だった。壁一面が書棚になっており、床のそこかしこには魔導書が置かれている。精霊を呼び出すのはうってつけの場所である。
そして俺がいる魔方陣のかたわらに一人の男が立っていた。
えらい美形である。
人形のように整った顔立ちで、瞳は淡い紫色をだ。髪は銀色で、背中ほどまでの長さのそれを無造作にひとつに結い上げていた。
肩幅が広く体格がいいので多分男性なのだろう。だが細身なら美女といっても通りそうな、つまりは一言でいうなら美人だった。
着ている物は一般的な魔導師のローブで、襟元には王宮付きの高位魔導師にのみ許されるブローチが付けられていた。
中級の精霊を呼び出したにしては高位すぎる魔導師である。だが最近まともに仕事をしていなかった俺にとって、魔導師からの呼び出しは願ってもない物だった。高位魔導師の彼ならば、きっと俺の力を有意義に使ってくれるはずである。
というわけで、俺は魔方陣に立ったまま男が依頼をするのを待っていた。
だが。
「・・・・・・・・・」
召還した当人のくせに男は惚けたように俺を凝視したままだった。
それどころか、高位魔導師ならば精霊召還などお手の物のはずなのに、彼の目は初めて精霊を見たかのようにきらきらと輝いている。
宝石のような瞳に見つめられて、俺はすこし身じろぎをした。なのにやはり男は何も言わず俺を見つめるだけだった。
もしかして、間違えたのか?
俺のこころに不安がよぎった。例えば上級精霊を呼ぼうとして、間違えて俺を召還してしまったとか。それはありえる事態だった。
だが今更「間違いでした」とか言われても困るのだ。何せ精霊ってやつは、召還主の依頼をかなえるまでは精霊界に戻れないのだから。
しかし、それにしては男の様子がうれしげなのが不可解だった。間違えたのならもっとこう、怒りや苛立ちをあらわにする筈である。
「あのー・・・・・・」
とにかく俺は口を開いた。こうして突っ立ってても何も始まらない。
男がはっとしたように瞬きをする。
「ああ、ごめん!!」
いきなり謝られて俺はびっくりした。やはり男は間違えて俺を呼びだしてしまったのだろうか。不安になった俺に、男がにっこりと笑った。
何だかすごく幸せそうな、見ているこっちが恥ずかしくなりそうな笑みだった。
「あまりに君が可愛すぎて言葉を失ってしまっていたよ。中級の精霊を呼び出したことはあったけど、君のような精霊もいたんだね。もっと早くに君を呼び出せればよかったよ!」
「・・・・・・」
何を言っているんだこいつは。
呼び出した精霊にお世辞やおべっかを使ってどうしようというのだ。俺は胡乱な目つきで男をみたが、男は俺の態度など意に介さず手を出してきた。
「とにかくそこに立ったままじゃ疲れるだろう?こっちにおいで」
いや、手など差し伸べられなくても普通に歩けるのだが。しかし仮にも男は俺の召還主なので、俺は文句を押しとどめて男の手にてのひらを乗せた。
手を引かれて窓辺にある椅子に座らされる。当然のように男がとなりに座ってきた。しかもずいっと顔を寄せてくる。顔はきれいなのに鼻息が荒くてちょっと怖い。