単品
□茹だる夏
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その年の夏は異常に暑かった。
毎日のように最高気温が更新され、街の景色はいつでも蜃気楼のように揺らめいていた。
暑さのせいで外を歩く人影もまばらで、偶に歩いている人たちは、みな酸素不足の金魚のように口を開いて辟易した顔をしていた。
湿気のこもった熱気がそこら中に蔓延り、いつどこに居ても頭が茹だりそうだった。
暑さのあまり狂うかもしれない、そんな馬鹿げたことを考えた。
ひどく暑い夏だった。
頭が変になりそうな暑さで、少しくらいおかしなことも口走ってしまいそうな夏だった。
そんな気候だったからか、同じクラスの津久井亮二にそのことを言われたとき、俺はこいつの頭も暑さでおかしくなったんだなと思った。
頭が沸騰でもしたのか、それとも暑さでネジが緩んでしまったのか。
普段は出来杉君なこいつも、頭がおかしくなる時があるんだな。そう思い、凝視した視界の先で津久井はほほを赤らめていた。
「野田裕太くん、俺と付き合ってください」
誰もいない放課後の教室。
俺は、クラス一のイケメン君、津久井にそう告白されたところだった。
津久井亮二のことは知っていた。
うちのクラスは目立つ奴らが多いのだが、そんなクラスでも一際異彩なオーラを放つ、学校中の王子様だ。
身長は高く、スタイルがいい。甘い茶色の髪は無造作にセットされて、その下にある顔立ちは彫りが深くて整っている。
時々雑誌のモデルをしてるらしく、よく女子たちが雑誌を見ては騒いでいた。
そのうえ成績優秀、スポーツは何をやらせてもぴかいちで、あげくの果てには何とかというでかい会社の経営者一族のご子息だそうだ。
一言で説明するならば、スネ夫の家に生まれた出来杉。
なぜ彼のような天上人がなぜ何処にでもあるような公立校に降臨したのか、それはうちの学校の七不思議のひとつとされていた。
とはいえ、俺が知っているのはそういった表面上のことばかりで、俺自身は津久井と何の関わりもなかった。
しいていうなら靴箱がとなりなので、朝会ったときに挨拶を交わすくらいのものだ。
しかしその挨拶だって「おはよう」「ああおはよう」という通り一辺倒のものであり、それ以上話題が続いたことなど一度もない。派手な津久井と平凡な俺の間には、共通の話題などひとつもなかった。
何の接点もない津久井からの突然の告白。
俺がそれを暑さのせいにして無視したのも、半ば当然のことだった。