単品
□五十木と万里
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久しぶりに制服のシャツを着た。
最近暑い日が続いていて、学校ではティシャツを着ていた。俺の通う学校は近隣でも有名な不良校で、制服を規定通りに着ている奴などほとんどいない。
とはいえ、俺は不良ではない。頭の中身も外見も平凡そのものなので、中学の同級生たちは俺の進路先に驚いたようだった。受験前は他の高校を志望していたので、驚かれたのも無理はない。
皆が避けるような不良校に入学したのには、それなりの理由があった。
だが、その理由も今日で無くなった。俺は制服のボタンを締めながら、転校するためにはどうすればいいだろうと考えていた。
「万里。早くしなさい」
ドアがノックされ、返事をするより先に母親が顔を出した。暑さを理由に最近ぼさぼさにしていた髪はまとめられ、薄く化粧をほどこしている。
きちんとした格好をした母親を見るのは久しぶりだ。だが顔の次にあらわれた母親の体に俺はため息をついた。
「後ろのファスナー、閉まってないぞ」
「分かってるわよ。手が届かないの、閉めてよ」
母親が俺に背を向ける。下着からはみ出た贅肉は見ない振りをするのが親孝行というものだ。俺は視線をそらしながら背中のファスナーをじじっとあげた。その間、母親は息を止めていた。
「なぁ、これちょっとキツいんじゃないのか?」
「分かる?最近太っちゃってね、11号でも限界だわ」
「うわ、最悪」
母親が以前この服を着たとき、外には雪が降っていた。その時も俺はファスナーを閉めたが、たしかにあの時より肉付きが良くなっている気がした。
その日は、祖父の告別式だった。
優しくしてもらった祖父との最後の別れで、俺は堪えきれない涙をこぼした。
「・・・・・・あんた、泣かないのね」
喪服の襟をととのえた母親が窺うように俺を見た。俺の髪にふれ、子供にするように撫でてくる。俺は抵抗しなかった。母親の仕草はひどく優しいものだった。
「幼なじみ、だったのに」
「・・・・・・ああ」
頷いて、鏡を見た。久しぶりに着た制服は、どこか息苦しさを感じさせた。
今日は五十木(いかるぎ)の告別式だ。
五十木は、幼なじみだった。
五十木は、もうどこにも居ない。