単品

□今はもうない、王国の話
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 ある国の話をしようと思う。

 それは此処ではない何処かにあった。



 今はもうない、王国の話。



***



 この世界の太陽はとてもきれいだ。

 日本で見た太陽のようにぎらぎらと輝いたりしていない。仄かに白い大きな太陽は、まるで青空に浮かんだ真昼の月みたいだった。
 その隣に浮かぶのは、一回り小さな琥珀色の太陽だ。この世界では、太陽はふたつあるものなのだ。

 一回り小さな太陽は「神の花嫁」と呼ばれている。元々はひとつの太陽だったけど、神様によってふたつに分けられた。

 そんな伝説を教えてもらったのは、この世界に来たばかりの頃だった。難しい言い回しや単語が多くて、ちっとも理解できなかった。
 分からない、そう言ったおれに、神話を教えてくれたアルディスは呆れたような視線を送った。だがすぐに表情を笑顔に作り替えて、「仕方ない」とおれの頭を撫でてきた。

「仕方ない、リツはこの世界に来たばかりなのだから。だがいずれ分かる。お前は、この国を救う神子なのだから」

 けれど、半年たった今でも神話の内容はよく分からないし、神子としてのちからもかいま見えないままだった。
 そのことが、時々とても歯がゆい。
 この世界の皆が、おれを大事にしてくれる。それが分かっているからこそ、応えられない自分が情けなくて溜まらなかった。

 そんなことを考えながら、回廊から太陽を見上げていた。

「リツ様」

 遠慮がちに声をかけられた。振り向くと、侍女のリィズが控えめな表情で微笑んでいた。
 リィズはおれに付けられた侍女だ。身の回りの世話をしてくれる侍女はたくさんいるけれど、リィズとは年が近いし名前も似ているので、一番仲良くなった。
 だからだろう、おれが部屋から出るときは、かならずリィズが付いてきてくれるのだ。

「アルディス様がいらっしゃるお時間です。そろそろお部屋に戻りませんと・・・・・・」
「ああ、そうだったね」

 リィズに言われて、自分が部屋に帰る途中だったと思い出した。庭園を散策して部屋にもどる途中。その道すがら、ぼんやりしてしまったのだ。
 昔からおれは考えにふけることがよくあって、そのせいで日本では「とろい奴」といつでも虐められていた。

 けれど、リィズはおれを「とろい奴」と罵ったりなんかしない。やさしいお姉さんなのだ。
 リィズだけじゃない。この世界の人はみんなやさしい。廊下ですれ違った貴族の人たちが、口々に声をかけてくる。

「リツ様、ごきげんよう」
「健やかに過ごされているようで、何よりですな」
「今日もいい天気ですね、リツ様。これもすべてリツ様のおかげですよ」

 そんな挨拶に返事をしながら部屋へ向かう。おれが住んでいるのは、王宮の一角にある後宮と呼ばれる建物だった。
 本来は、国王の妃たちがすむ場所らしい。けれど国王のアルディスには、今のところ妃はいない。
 おれの部屋はその後宮のもっとも奥まった場所にある、とても豪華な部屋だった。
 となりにはアルディスの寝室がある。本来なら、「正妃様」のための部屋らしい。
 正妃というのは、つまりアルディスの奥さんのことだ。おれは男だし、そんなすごい人間じゃないのでそんな部屋に住めないと抵抗すると、侍女たちから口々に説得された。

「リツ様は神子であらせられるのです。身分で言えば正妃よりも上ですよ」
「それにアルディス様と共に、この国を繁栄させてくださるお方。この部屋に住むのは当然ですわ」
「アルディス様も、この部屋にリツを住まわせるようにと仰っておりましたもの」
「だからリツ様、そうわがままを仰らないで」

 小さな子供に言い含めるようにそう言われて、おれは仕方なくうなづいた。
 おれはアルディスの奥さんじゃないのに。こころのなかではそう反論していたおれだけど、今となっては「正妃」みたいなこともしているから、皆はきっと、おれがこうなることを予想していたのだと思う。
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