単品

□ミスター鉄面皮の恋愛事情
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 俺の姉貴は芸能人である。

 道行く人に「麻宮凜」という名前を言えば、十人に五人くらいは「ああそんな名前聞いたことあるね」と答えてくれるだろう。
 質問相手を男性に搾れば、十人に八人くらいは「あのグラビアの」と頷いてくれるかもしれない。そのくらいの知名度だ。
 とはいえ、去年事務所を移ってからは、テレビの出演が増えているので知名度はあがっているようである。

 二時間ドラマの端役や、バラエティの雛壇で独特の空気を醸し出している巨乳の女性、それが俺の双子の姉、麻宮凜だ。
 きっと道行く人に質問すれば、十人中三人くらいは「あ、あのバカっぽい子ね」と嘲笑することだろう。

 しかし、バカっぽい雰囲気をもつ凜を、俺は姉として尊敬している。
 まず、未成年にも関わらず働いている事実がすごいし、3LDKマンションの家賃を毎月払えているのも凜のおかげだ。嫌なことがあっても笑える胆力もすごいし、毎日疲れているだろうに俺に当たり散らすこともない。

 ふつうの高校生活を送っている俺としては、本当に感心しきりの姉である。

 だから、俺は姉がマンションに男を連れ込んでも別に文句は言わないし、乱痴気騒ぎがくりひろげられても素知らぬ顔で自室に閉じこもっている。

 姉のほうも、俺を騒ぎにまきこむつもりはないらしく、グラビア仲間が俺にちょっかいを出してきたときも、遠回しに「弟には手を出さないでね」と伝えていた。
 少しだけ、据え膳くえればよかったな、などと思ってしまったことは秘密だ。

 そんなわけで。

 俺の姉貴は芸能人だが、俺と「芸能人」の姉の距離はさほど近いものではなかった。

 むしろ芸能人なんて、テレビの画面を通してみるくらい、遠い世界の出来事だった。


 その筈だったのだが。


「おーい。豊ー」

 呼ばれて、俺は手を止めた。
 夕暮れ時、校庭の隅にある我が野球部室の前である。俺は用具入れに腰掛けて、延々とボールを磨いている最中だった。
 呼んだのは副部長の山中だ。ちなみに部長は俺、間宮豊である。

「てかさ、おまえ早くあがればー? もう何分待たせてんのよ」
「まだ磨き終わらない」
「そんなの一年にやらせろよー。そんなことより校門前がえらいことになってんだよ」

 と、山中はちらりと校門の方に視線をむけた。
 俺も振り返ってそちらを見ると、たしかに校門前は今からライブでもやるのかという人の群でものすごい状態になっていた。
 きゃあきゃあと騒ぐ女子の声が地響きのように聞こえてくる。

 しかし俺は無言でボール磨きを再開した。
 部長が雑用をするなんて一歩間違えれば嫌味だと思うが、しかし自分で使ったものを綺麗にするのは当然のことだし、一年には雑用をするよりもきちんと練習を積んでいい選手になってもらいたいと思う。
 そんな訳で、練習後のボール磨きは俺の仕事になっていた。

「ここまで言っても、まだ続けんのかよ」
「仕事を途中で投げ出すことはよくないと思う」
「何その真面目発言。そんなだからお前は武士って呼ばれてんだよ」
「俺は切り捨て御免なんかしてないぞ」
「そういう意味じゃねーし」
「ちょんまげも結ってない」
「そうだよな五分刈りだもんな。つーかお前その五分刈りって何のポリシーなの? 別にそんな部則ないじゃん」
「楽だから」
「あーそう。で、磨くのはいつ終わるんだよ」
「そうだな・・・・・・あと」
「無表情で計算すんなよ、ミスター鉄面皮め」

 ならば踊りながら計算すればいいのか?と俺は思ったが、よく考えたら踊りなんて東京音頭くらいしか知らなかった。
 山中が大きなため息をついて俺の隣にしゃがみこむ。

「手伝ってくれるのか?」
「お前のためじゃねーぞ」

 と、山中はじと目で俺を睨んだ。

「あんまり待たせると女子がマジで怖いからな」
「そうか」
「畜生、イケメンなんて滅びればいいのに・・・・・・」
「山中、」
「つか、凜さんと一つ屋根の下とか、マジ鼻血もんだし・・・」
「山中、」
「俺は正直、お前になりたい・・・・・・」
「山中、それ磨き足りてないぞ」
「うるせー!!」

 まだ汚れが残っているボールを、おもいっきりぶつけられた。理不尽だ。喋ってたのは山中のほうなのに。
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