単品

□君はフラグ☆クラッシャー
1ページ/5ページ




1



 俺が自分の高校を嫌いな理由はいくつかある。

 まずひとつがこの学校の立地である。この高校は山の上に建てられている。しかも全寮制の男子校。
 おかげで買い物ひとつするのもワンダーフォーゲル気分を味あわなければならないのだ。ただひたすらに面倒だ。

 もうひとつが金持ち学校だということ。教材一式をそろえるだけで六桁を超えるって、どんな金銭感覚だ。

 さらに付け加えるなら、やたらめったら校内が広い。入学して二週間がたったけど、未だに校内で迷ってしまう。
 これは決して俺が方向音痴というわけじゃない。てか、なぜ男子校に彫刻の入った柱とか使っているんだろうか。金持ちの感覚ってわからない。

 そして最後のひとつがこれだ。俺は学食をつつきながら、目の前の光景にげんなりした。

「きゃー、生徒会長がこっち見た!」
「副会長、綺麗・・・・・・」
「風紀委員長もいるよ! 格好いい!」

 飛び交う黄色い歓声。その中心にいるのは生徒会の面々だ。
 ちょっと不良っぽい会長だとか、美貌の副会長とか、冷たい感じのする風紀委員長とか。
 どうやらこの学校はホモばっかりのようだった。生徒たちの関心は、寝てもさめても生徒会メンバーのことばかり。親衛隊もいるらしいし、有志たちが順番でセフレを努めているらしい。

 アホらしい。

 俺は食べ終わった皿を避けると、持ってきていた小説を開いた。俺の愛する読書タイムだ。だが視線をうつむかせた瞬間に、向かいの席から声をかけられた。

「本当にみんな格好いいね。ねぇ、しずる君は誰が好みなの?」

 にこにこしながら尋ねてくるのは、ルームメイトでクラスメイトの富田である。顔をあげると富田は小太りの顔をゆるませ、間抜けな笑顔を見せていた。
 ああ、癒される。
 俺はひそかに富田を「ぶーちゃん」と呼んでいる。こいつは昔飼っていたデブ猫ぶーちゃんに超似ているのだ。おかげで見るたび心がなごむ。
 俺にとっては、この校内で唯一の心のオアシスなのだった。

 しかし残念なことに、富田もやっぱりホモらしい。
 しかも俺を同類だと勘違いしているようである。俺は開いた本を閉じると「えーと」とちょっと言葉を濁した。

「みんな格好いいからな。一人に決められないよ」

 入学したばかりの頃「誰にも興味ない」ときっぱり言ったら富田はいきなり泣き出した。
 気持ちも打ち明けてくれないなんて、俺を友達だと思ってないんだ。そうわんわんと泣きつかれて以来、俺は適当に話を合わせることにしている。

「やだ、しずる君ってば浮気者〜」

 笑う富田は、不細工だったが可愛かった。やっぱり飼っていたデブ猫に似ている。こいつはきっと、ぶーちゃんの生まれ変わりに違いない。俺はほんわかした気分になった。
 だが、すぐにまたきゃーと悲鳴が聞こえてげんなりした。鬱陶しすぎる。なんだこの学校、ここはBLの世界かっつーの。

 勘違いしないでいただきたいが、俺は別にBLに偏見を持っているわけじゃない。

 むしろ大好きだ。今持っているこの本も、カバーで分からないものの実はBL小説だ。

 俺がBLにハマったのは中学生の頃である。腐女子である姉の部屋で、ふとBL小説を読んだのがきっかけだ。

 ふつうの小説だと思っていたら、男同士がくんずほぐれずしたので驚いた。
 だが、俺はすぐにその小説にハマってしまった。何せBL小説は、下手なエロマンガよりエロかったのだ。そのうえ主人公の男は乙女で可愛いし、相手の男はこれでもかってくらい格好良いし、シチュエーションにはいちいちきゅんきゅんさせられた。
 俺はBLにのめりこんだ。姉が持っている本では飽きたらず、ネットを使って自分でも本を買いあさった。今では姉よりハマっている。俺は立派な腐男子だった。

 しかし俺の興味は二次元の世界だけである。

 実際の男は好きではないし、そもそも小説みたいな格好いい男はそうはいない。
 いや、探せば世界のどこかには存在しているのかもしれないが、相手を自分に置き換えるととたんに吐き気がしてしまう。
 だって気色悪いじゃないか。小説みたいに甘い言葉をささやかれても、絶対俺はどきどきしない。お前だけだ、とか言われたら、俺は速攻でアッパー決めるぞ、気味悪い。

 というわけで、現実の男に一ミリの興味もない俺は、騒ぎをよそに読書を再開することにした。

 今読んでいるのは学園物のBL小説である。主人公はちょっと不良を気取った少年で、相手は不良チームのリーダーでもある生徒会長だ。
 ありきたりな設定だけど、そのありきたりさがすごく萌えるのだ。

 ふたりが出会うのは屋上だ。少年が煙草を吸っていると、やってきた生徒会長が「火ぃ貸せ」とか言って、ふたりでシガレットキスをするのである。
 顔を間近に寄せたところで、生徒会長が「お前、けっこう可愛い顔してるのな」とか言って主人公の頬をなでてきて・・・ぎゃー萌える!

 などと悶えていると、「きゃー」とか背後から歓声が聞こえてきて気分が萎えた。人の読書タイムを邪魔するな、このリアルBLどもめ。

「あれ、しずる君どこ行くの?」
「先に行ってるわ」

 俺は本をしまうと、さっさと学食を後にした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ