単品
□君はフラグ☆クラッシャー
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俺が自分の高校を嫌いな理由はいくつかある。
まずひとつがこの学校の立地である。この高校は山の上に建てられている。しかも全寮制の男子校。
おかげで買い物ひとつするのもワンダーフォーゲル気分を味あわなければならないのだ。ただひたすらに面倒だ。
もうひとつが金持ち学校だということ。教材一式をそろえるだけで六桁を超えるって、どんな金銭感覚だ。
さらに付け加えるなら、やたらめったら校内が広い。入学して二週間がたったけど、未だに校内で迷ってしまう。
これは決して俺が方向音痴というわけじゃない。てか、なぜ男子校に彫刻の入った柱とか使っているんだろうか。金持ちの感覚ってわからない。
そして最後のひとつがこれだ。俺は学食をつつきながら、目の前の光景にげんなりした。
「きゃー、生徒会長がこっち見た!」
「副会長、綺麗・・・・・・」
「風紀委員長もいるよ! 格好いい!」
飛び交う黄色い歓声。その中心にいるのは生徒会の面々だ。
ちょっと不良っぽい会長だとか、美貌の副会長とか、冷たい感じのする風紀委員長とか。
どうやらこの学校はホモばっかりのようだった。生徒たちの関心は、寝てもさめても生徒会メンバーのことばかり。親衛隊もいるらしいし、有志たちが順番でセフレを努めているらしい。
アホらしい。
俺は食べ終わった皿を避けると、持ってきていた小説を開いた。俺の愛する読書タイムだ。だが視線をうつむかせた瞬間に、向かいの席から声をかけられた。
「本当にみんな格好いいね。ねぇ、しずる君は誰が好みなの?」
にこにこしながら尋ねてくるのは、ルームメイトでクラスメイトの富田である。顔をあげると富田は小太りの顔をゆるませ、間抜けな笑顔を見せていた。
ああ、癒される。
俺はひそかに富田を「ぶーちゃん」と呼んでいる。こいつは昔飼っていたデブ猫ぶーちゃんに超似ているのだ。おかげで見るたび心がなごむ。
俺にとっては、この校内で唯一の心のオアシスなのだった。
しかし残念なことに、富田もやっぱりホモらしい。
しかも俺を同類だと勘違いしているようである。俺は開いた本を閉じると「えーと」とちょっと言葉を濁した。
「みんな格好いいからな。一人に決められないよ」
入学したばかりの頃「誰にも興味ない」ときっぱり言ったら富田はいきなり泣き出した。
気持ちも打ち明けてくれないなんて、俺を友達だと思ってないんだ。そうわんわんと泣きつかれて以来、俺は適当に話を合わせることにしている。
「やだ、しずる君ってば浮気者〜」
笑う富田は、不細工だったが可愛かった。やっぱり飼っていたデブ猫に似ている。こいつはきっと、ぶーちゃんの生まれ変わりに違いない。俺はほんわかした気分になった。
だが、すぐにまたきゃーと悲鳴が聞こえてげんなりした。鬱陶しすぎる。なんだこの学校、ここはBLの世界かっつーの。
勘違いしないでいただきたいが、俺は別にBLに偏見を持っているわけじゃない。
むしろ大好きだ。今持っているこの本も、カバーで分からないものの実はBL小説だ。
俺がBLにハマったのは中学生の頃である。腐女子である姉の部屋で、ふとBL小説を読んだのがきっかけだ。
ふつうの小説だと思っていたら、男同士がくんずほぐれずしたので驚いた。
だが、俺はすぐにその小説にハマってしまった。何せBL小説は、下手なエロマンガよりエロかったのだ。そのうえ主人公の男は乙女で可愛いし、相手の男はこれでもかってくらい格好良いし、シチュエーションにはいちいちきゅんきゅんさせられた。
俺はBLにのめりこんだ。姉が持っている本では飽きたらず、ネットを使って自分でも本を買いあさった。今では姉よりハマっている。俺は立派な腐男子だった。
しかし俺の興味は二次元の世界だけである。
実際の男は好きではないし、そもそも小説みたいな格好いい男はそうはいない。
いや、探せば世界のどこかには存在しているのかもしれないが、相手を自分に置き換えるととたんに吐き気がしてしまう。
だって気色悪いじゃないか。小説みたいに甘い言葉をささやかれても、絶対俺はどきどきしない。お前だけだ、とか言われたら、俺は速攻でアッパー決めるぞ、気味悪い。
というわけで、現実の男に一ミリの興味もない俺は、騒ぎをよそに読書を再開することにした。
今読んでいるのは学園物のBL小説である。主人公はちょっと不良を気取った少年で、相手は不良チームのリーダーでもある生徒会長だ。
ありきたりな設定だけど、そのありきたりさがすごく萌えるのだ。
ふたりが出会うのは屋上だ。少年が煙草を吸っていると、やってきた生徒会長が「火ぃ貸せ」とか言って、ふたりでシガレットキスをするのである。
顔を間近に寄せたところで、生徒会長が「お前、けっこう可愛い顔してるのな」とか言って主人公の頬をなでてきて・・・ぎゃー萌える!
などと悶えていると、「きゃー」とか背後から歓声が聞こえてきて気分が萎えた。人の読書タイムを邪魔するな、このリアルBLどもめ。
「あれ、しずる君どこ行くの?」
「先に行ってるわ」
俺は本をしまうと、さっさと学食を後にした。