単品

□惣菜はストーキングの後で
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 親父が死んだのは二年前だ。

 脳溢血だった。普段は矍鑠としている親父がその日は階段から転げ落ち、疲れているんだろうと笑って無理やり寝かせた。

「たまには店、休めよな」
「ふざけんな。こちとら年中無休が信条だ」

 それが最期の会話だった。昼過ぎに様子を見に行くと、親父は布団の上で事切れていた。

 母はとうに死んでいたから、その後の手続きは全て俺がするしかなかった。葬式やら様々な手続きやら、めまぐるしい日々が続いて涙も出なかった。
 ようやく全部がひと段落し、俺に残されたのは少しばかりの借金と親父の店だけだった。借金は、親父の保険金で完済した。
 そして残ったのが店だった。寂れた商店街の一角にある惣菜屋。それが親父の店だった。
 小洒落たメニューを出すわけでも、配達をするわけでもない潰れかかった小さな店。実際、経営は苦しいようだった。

 だが俺は勤めていた会社を辞め、その店を受け継いだ。親父の空気がそこかしこに残る店を、他人の手に渡したくはなかったのだ。
 料理など、調理師学校を出て以来のことだから最初は失敗続きだった。
 学校を卒業後、修行していた小料理屋で、主人と取っ組み合いの喧嘩をした。それ以来、包丁すら握っていなかったのだ。
 当然店は傾いた。最初の数ヶ月は、勤めていた頃の貯金で食いつなぐ日々だった。
 それでも、店をやめようとは思わなかった。親父の遺した小汚い帳面をめくりながら、俺は毎日深夜過ぎまで料理の練習をした。

 そんな努力が実を結びはじめたのか、一年も経った頃には客足が戻ってきた。皆、近所に住む親父の代からの常連客だ。親父の頃よりさらに経営は苦しかったが、それでも、俺一人が食っていける程度には持ち直せた。


 
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