単品

□合言葉はミラクルパイン
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 部活を終えて寮に戻ると、部屋から妖しい声がしていた。

「あっ・・・陵ッ、おっき、壊れちゃう・・・」
「ほら、もっと足開いて・・・」
「ああんっ!」

 同時にベッドが軋む音がした。声は、片方は同室の相沢のもので、もう片方は聞いたことのない女の子のものだった。
 いつものことなのだ、と俺は思った。
 また相沢が、近くの女子校の生徒を引っ張り込んだのだ。
 そう、いつものことだった。

「最低な奴なのだ」

 呟いて、俺は部活用のばかでかいバッグを抱えたまま、その場を後にしたのだ。

 向かったのは、同じクラスの友人の部屋だった。相沢が女の子を連れ込むたびに避難させてもらっているので、友人の部屋には俺の着替え一式までそろっているのだ。
 仏頂面でやってきた俺に、友人は呆れたような笑みを見せた。

「また相沢か」
「また相沢なのだ」

 その応酬だけで、友人は事の次第が分かったようだったのだ。
 入れてもらった部屋はいつも通りゴミに溢れていた。
 片付けのできない男なのだ。同室者もさぞや苦労しているだろう、と思うけれど、実は同室の生徒も片付けが苦手な質らしくて、特に不満は出ていないようだった。
 ベッドの上に散乱した雑誌を床に蹴落として、俺はベッドに腰を下ろした。汚い部屋にはいつも辟易しているけれど、住人同士の相性が良いのは心底うらやましいのだ、とは思う。

「皆、お前には同情してるぜ?」

 友人がオレンジジュースを注いだグラスを出してくれた。この学校はけっこうなお坊っちゃん校で、寮の各部屋にはバストイレといった水場と、小さな冷蔵庫が備え付けてあるのだ。おかげでジュースはきんきんに冷えていたが、グラスは白く曇っていた。
 多分洗ってないのだ。分かったけれど、のどが渇いていたので俺はそれを飲み干した。

「相沢の奴、中等部の頃からもててたけど最近の女遊びは酷いからなぁ。毎晩とっかえひっかえなんだろ? こっちにも一人くらい回してほしいな」
「日替わりだって、言ってたのだ」

 セフレの女の子は曜日ごとに変える。そう、相沢は俺に言ったことがある。
 曜日ごとにセックスする子を変えれば、名前を間違えることもないし。そうさらりと言われて俺は、なんて鬼畜なのだ、と心底呆れた。

「日替わりかぁ・・・・・・さすが我が校の王子様」
「何が王子だ。最低な奴なのだ」

 俺は吐き捨てた。相沢のことを思い出すだけで、胃の中がむかむかしてきた。

 確かに相沢は、外見だけみれば立派な「王子様」なのだ。ハニーブラウンの髪や、薄い色素をした虹彩は、まるで絵本の王子様のようだと評判だ。
 けれど中身は最低なのだ。近隣の女子校で人気なのをいいことに、いつも部屋に女の子を引っ張り込んではセックスに明け暮れている。おかげで俺はいつも部屋を閉め出されるし、あげく部屋の中は常に精液の臭いが漂っているという状態だ。

 まさに、最悪な同室者なのだ。

 そもそも相沢の印象は、出会いからして最悪だった。
 高等部からの外部入学で相沢の噂を知らなかった俺は、入寮したその日に、相沢と見知らぬ女の子のセックスシーンに突入してしまったのだ。
 固まった俺を、相沢は女の子の肩越しにちらりと一瞥して。

「混ざる?」

 と、俺を馬鹿にした笑みを浮かべたのだ。平凡な容姿の俺をみて、一目で童貞だと分かったに違いない。
 それは事実なのだが、相沢の態度は俺のプライドを地の底まで落っことした。
 しかもオタクで平凡な俺が気に食わなかったらしく、相沢はいつも俺に嫌がらせを仕掛けてくる。
 たとえば俺の物を勝手に使ったり、俺の趣味を馬鹿にしたり、俺のベッドでセックスをしたり。
 それに俺が怒ると「童貞がこじれるぞ」とまた俺を馬鹿にするのだ。本当に、最低な奴だった。
 今のセックスだって、俺への嫌がらせなのかもしれない。童貞をからかっているのか、相沢はいつでも俺の帰宅時間を狙ったように女の子を連れ込むのだ。
 と、意気込んで言った俺に、友人は「いやいや」と哄笑した。

「お前、流石にそりゃあ被害妄想だろうよ。大体、普通に話す分には、相沢って気がいい奴だと思うけどな」
「外面がいいだけだッ! それか、童貞をからかってほくそ笑んでるに違いないのだ」
「童貞の僻みって奴か・・・・・・」
「違う! 俺のこれは、正当なる恨みなのだ!」
「でもさぁ、お前みたいなオタクがどれだけ頑張ったって、相沢と張り合えるわけないし。例えるなら、ライオンとインパラ?みたいな?」

 友人は女子高生みたいに首を傾げたが、坊主で丸眼鏡をかけた平凡顔がやっても気持ち悪いだけだった。俺は手近にあった雑誌を友人の顔に投げつけて、「とにかく!」と拳を高くあげた。

「俺は、あいつをぎゃふんと言わせてやりたいのだ!!」
「はいはい、無理無理」

 友人は俺の宣言を軽くいなして、ゴミの下からゲームを引っ張り出し始めた。

「そんなことよりゲームやろうぜ。実家から新しいの送ってきてもらったんだ」
「やるのだ!!」

 ゲームは好きなのだ。しかも友人が取り出したゲームは俺が好きなアニメ「魔法少女ミラクルパイン」の恋愛シュミレーションで、俺は相沢への恨みをいったん置いておくことにして、いそいそとゲームを始めた。

「・・・お前、そんなだから相沢にいじられるんだぞ・・・・・・」

 となりで友人が呟いたが、ゲームに夢中になり始めた俺にその声は届かなかったのだ。



 
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