単品
□願いをひとつだけ叶えてやろう
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ある日突然喚び出された先の異世界で、勇者と呼ばれて魔王を倒すための旅に出る、なんて、今時マンガや小説でも滅多にみない使い古された題材だ。
ただし勇者は幼なじみで、俺はただの「おまけ」だった。
***
目が覚めたらそこは棺桶の中だった。誇張でも比喩でもない、石造りの棺桶だ。最初は混乱したが、五回もそれが続けばもう慣れた。俺は溜め息を吐いて、目の前にある蓋を両手で押し上げた。ひんやりした石の感触は、ずっしりと腕に重い。
光が差し込み、視界が開けた。棺桶をのぞき込んでいたのはいつものように教会の司祭さまと幼なじみで、彼はきれいな顔をゆがめて泣きじゃくっていた。
「すぐる、良かった。すぐるが死んじゃうかと思った」
「いや、実際死んでたし」
俺は棺桶から這い出ると、司祭さまにお礼を言った。体のあちこちがぎしぎしする。死ぬのには慣れたが、蘇生魔法の感覚は未だに慣れなかった。
お布施の金貨を支払っていると、幼なじみが背中に抱きついてきた。
大きな体を丸めて俺に抱きつくそのさまは、まるでよく懐いた大型犬だ。とても勇者には見えないーーが、この幼なじみは間違うことなくこの世界の「勇者さま」だった。
俺とこの幼なじみ、山下がこの世界に召還されたのは三ヶ月前のことだった。放課後、ふたりで帰宅していると突然目の前の空間がくにゃりと歪み、中から現れたフード姿の魔導師が山下を引っ張り込んだのだ。
俺はただ呆然と、その事態を眺めていただけで、多分そのまま俺が動かなければ、俺はこの世界に来ることはなかったのだろう。実際、魔導師が必要としていたのは山下だけだったのだから。
なのに何故俺がここにいるかというと、それは引っ張られた山下が、反射的に俺の腕をつかんできたからだ。
山下曰く「すぐるが危ない目にあうと思ったから、助けようと思った」らしいが、どう考えても危ない目にあっていたのは自分である。よけいなことをする、と後の俺は心底思った。
そんなわけで、喚び出された先。山下は皆から「勇者」と呼ばれ、魔王を倒せる唯一の存在として敬われた。国王すらも山下の前に膝を折り、国民は山下の姿を見ただけで熱狂した。
俺はといえば、そんな山下についてきてしまったただの「おまけ」だ。誰も俺のことなど見ないし、あからさまに邪魔だと言われたりもした。
喚び出されてしばらくは王宮にいたのだが、そこでも「穀潰し」と呼ばれ、なにかにつけて陰口をたたかれた。いちいち山下が俺をかまうので、さらに周囲からは冷たくされた。
そんな王宮に居たくなくて、俺は山下の旅に同行した。
だが結局、旅の間も俺は「お荷物」でしかなかった。
山下のために、国王が用意したのは腕の立つ戦士や魔法使いたちだった。百戦錬磨の彼らは、山下を敬愛し、山下のためにならその身を盾にして戦ったが、「おまけ」の俺には見向きもしなかった。
そのうえ「勇者」である山下には魔物たちの攻撃を跳ね返す不思議な力が備わっているのに対し、俺には何の守りもなかった。つまりは戦ったこともない現代日本人そのままの防御力。
そんな俺がまともに戦えるはずもなく、旅をしてまだ間もないと言うのに俺は死んでばかりいた。