単品
□ラブレター
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駅から出ると、空に虹が浮かんでいた。
朝特有の淡い青色の空に、薄い虹の色がとても映える。俺は携帯をとりだすと虹の写真を一枚とった。
虹がとても綺麗ですよ。
と、写真を貼付してメールを送る。少したって先輩から返信があった。
本当だ。気が付かなかった。君はいつも、綺麗な物に気付かせてくれますね。ありがとう。
先輩のメールは、いつも感謝の言葉が入っている。文面は簡素だが、どこかあたたかい雰囲気がするのはそのせいだろう。
携帯を見ながら自然と笑みがこぼれた。すると一緒の電車に乗っていた友人に見つかり、「朝からキモいな」と呆れられてしまった。
しあわせな俺は、友人の言葉を右から左に受け流すことにした。
最初にメールをしてから一ヶ月がたっていた。先輩とのやりとりは、ほぼ毎日の頻度で続いていた。
内容はどれも些細なものだ。
たとえば、下校途中に見つけた小さな花の写真を添付して送ったり、おすすめの本を紹介したり。
俺からのメールに、先輩はかならず返信をくれる。花の写真は「かわいい」と喜んでくれるし、薦めた本はかならず目を通して、感想を送ってくれる。
先輩からメールが来るときもある。それは、見た映画の感想だったり、ちょっとした愚痴だったりした。
どうやら先輩は、生徒会での人間関係に悩んでいるようだった。とはいえ俺へのメールには、決して個人の名前や、詳しい内容を入れたりしない。ぼかした書き方の愚痴は、人を傷つけたくないという先輩の気持ちのあらわれのようで、好感が持てた。
しかし内容が曖昧な分、俺は適切なアドバイスを送ることができなかった。
最初は返信に悩んだが、そのうち、先輩は俺のアドバイスなど求めていないのだ、と気が付いた。ただ気晴らしを欲しているのだと分かってからは、ちょっと笑えるメールを送るようにしていた。
たとえば、飼い猫のくしゃくしゃな欠伸顔や、焦げ跡が笑顔に見えるホットケーキの写真。
他愛もない写真だが、気晴らしにはなっているらしい。いつでも先輩から返信には「ありがとう」の文字が添えられていた。
そんなメールのやりとりが、数え切れないほど続いたある日。
一度会って話がしてみたいです。
と、先輩からメールが送られてきた。
そのメールに、俺はしばらく返事を出すことができなかった。
名前を出すことも、直に会うことも、俺は望んでいなかった。ただ先輩が元気になってくれればいい、と思ってしただけの行為。
好き、というのには少し遠く、気になる、というのがぴったりくる気持ち。そんな曖昧の気持ちのまま先輩と直に会って、メールのようなやりとりが実際にできるのか。それを考えると、ひどく不安になってしまった。
それに、俺はどこにでもいる平凡な生徒で、実際にあったら先輩に幻滅される気もした。先輩は成績優秀だし、生徒会のメンバーだ。俺の学校の生徒会は、顔立ちの整った生徒がそろっていて、そんな彼らを見慣れている先輩の目には俺がどう映るか、それも不安の一因になった。
数日の間は、どうしようかと考えていた。ぐるぐる考えながら、今までのメールを何度も読み返した。
結局、会うことに決められたのは、それらのメールのお陰だった。数え切れないほどのメールのやりとり。そこにはいつも「ありがとう」と言い添えてくれる先輩がいた。
そんな先輩が、俺が平凡だからなんて理由で幻滅するはずがない。
そう思うと勇気が出た。
俺は先輩に「お昼休みの図書室で会いましょう」と、数日ぶりの返事をした。図書室は常時開放されているが、校舎から離れていることもあって昼休みに訪れる生徒はあまりいない。話をするにはうってつけの場所だった。
良かった。
先輩からのメールは一言だけだが、ほっとしたのが伝わってきた。返事が遅れたことを謝ると、気にしないで、とすぐ返事がかえってきて、やっぱり先輩はやさしい人だなと俺は温かな気持ちになった。