短編小説纏め

□水縹の本と星
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 昼食を食べ終えた昼下がり、人気のない屋上に寝転がって本を開く。
 本に日光を当てるのは良くないと聞いた事もあるが……俺は単に読書が趣味なだけでコレクターじゃない。気にする必要もないだろう。
 昨今は報告書なんかも含めて何でもデータ化が進んでいるが、何となく本はデータだと味気ない気がする。
 読書をする時手に重みが無かったり、ページをめくる事が出来ないとなんだか読書をした気にならない。
 そんな事を考えながら、俺は穏やかな日差しの下で読書を続ける。
 本の内容はどこにでもあるファンタジー小説。空から降って来た少女と偶然出会った少年が、巻き込まれながら悪と戦っていく様な……使い古された王道の物語。
 別にファンタジーというジャンルが極端に好きな訳ではないが、ふと読書をしようとするとその手の物語を手に取る事が多い。
 それは多分、俺が現実逃避をしようとしているんじゃないかと思う。
 現実離れした物語を読むことで、自分の置かれた環境から逃げる……いや、一次的に思考を現実から逸らす事が出来る。
 思えば、何の変哲もない人生を歩んできた気がする……人より勉強が出来た訳でもなく、極端に出来なかった訳でもなく。 中くらいの学校に進学して、大きくも小さくも無い会社に入社……その会社にも、もう嫌気が差し始めている。
 入社して今年で三年目。仕事にも慣れ、会社内での人間関係に面倒な事の一つ二つ現れ始める頃……俺もその例に漏れず面倒事を抱えていた。
 直属の上司と……何と言うか、こう……合わない。
 具体的にどこがどうと言われると迷ってしまうが、何故かやる事なす事すれ違う。
 互いに生理的に合わないというやつだろうか? ともあれ、厄介な問題だった。
 これが部署も違う相手だったら楽だったのだが、直属の上司となるとどんなに合わなくても会話をしなければならない。しかし、会話をすれば大概険悪な雰囲気になってしまい、ますます居心地が悪くなる。
 そんな袋小路の様な人間関係が出来上がってから三ヶ月……正直そろそろ精神的に限界がきていた。
 その上司と顔を合わせるのが嫌で、昼休みは大抵人のいない屋上に逃げて時間を潰す。
「なんで……こうなったかな……」
 思わず口からこぼれる不満の言葉。それに返事が返ってくる事は無く、俺は再び本の世界に逃げ込む事にする。
 
 本のラストに差し掛かった辺りで、昼休みが終わりに近い事を感じ、やる気がわかない事を自覚しつつも体を起こそうとする。
 すると、突然叫ぶような声が聞こえてきた……何故か真上から。
「ちょっ!? そこの人、危ない! どいて、どいて!!」
「うん? ……は?」
聞こえた声に導かれる様に視線の先の本をどかすと、青い塊が見えた。
それが何かは分からなかったが、青い塊が空から俺に向って物凄いスピードで落下してきているのは分かった。
「どいてって!!」
「え? ええ?」
 落下物からは更に声が聞こえてくるが、俺の体は状況についていく事が出来ず動かない。
 どんどん大きくなってくる青い塊……それが人……青い髪の少女である事を認識した辺りで、ようやく自分の置かれた状況に気が付くが……やはり体が思うように動いてくれない。
 ぶつかる!? そう頭に考えが浮かんだ瞬間、更に声が聞こえてきた。
「もうっ!! IS発動! ディープダイバー」
 まるで視界がスローモーションのようにゆっくり見え、落下してくる少女の手が俺の体に触れた瞬間……信じられない事に、俺の体は屋上の床に沈んだ。
 視界に闇が広がり、少しすると見覚えのある会社の一室が見え……再び視界が闇に染まる。
 何が起きているのか理解はできなかったが、自分の体が床をすり抜けて落下している事だけは分かった。
 驚きに声も出ないと言うのはまさにこんな状況だろう……俺は繰り返し視線に映る闇と室内を、ただ茫然と眺めているだけだった。
 そのまま落下が続き、最終的に俺の視界は闇に塗りつぶされて何も見えなくなる。
 それと同時になんだか不思議な柔らかさと暖かさを感じ、何も見えない中で自分が誰かに抱えられている事を感じる。
 その後で浮遊感を感じ、少して俺の体は『見覚えのない』室内に出される。
「どいてって、言ったのに……もうっ」
「あ、えと……」
 直後に聞こえた声の方を向くと、肩辺りまでの青と言うよりは水色のミディアムヘアー少女が、髪と同じ青い目を呆れた様に細めてこちらを見ていた。
 美少女と言う表現がしっくりくるような愛らしい顔立ちだったが、それ以上に俺の目を引き付けたのは、少女の変わった格好だった。
 ボディラインをはっきりと浮かび上がらせるボディースーツ。首の下辺りに見える『Y』と書かれた謎のプレート。
 おおよそ一般離れした少女の出で立ちと、先程の摩訶不思議な出来事……俺は言葉が出ないまま、茫然と少女を見続ける。
「なんで私の転送座標だけズレるのか……ルーお嬢様に嫌われてるのかな?」
 少女は俺の反応を気にする事は無く、くしゃくしゃと自分の髪をかきながら独り言のように呟く。
「あ、あの……」
「うん? ああ、怪我なかった?」
 俺が意を決して、恐る恐る話しかけると……少女は思い出したように明るい表情で話しかけてくる。
「……ああ」
「そっ、よかった。 じゃあ、私は急ぐから!」
 俺が頷くのを見た少女は、思わず見惚れてしまいそうな明るい笑顔を浮かべて立ち上がる。
「ではでは、もし縁があったらまたね!」
 立ち上がってから俺の方に向き、軽く片手をあげて笑った後……少女は当たり前の様に地面に潜る。
 
 先程までの事はまるで夢だったかの様に、少女が消えて室内に沈黙が訪れる。
 俺は少し夢見心地の頭を動かし、自分の居る場所を確認する為に周囲を見渡し、そこで自分の居る場所がどこか分からない事に気が付く。
 この会社には三年務め、殆どの部屋は知ってるつもりだったが……この部屋は見覚えがない。
 少しして後方でドアの開く音が聞こえ、そちらを振り返ると……同僚の女性数人の姿があった。
 そして……彼女達が絹を裂く様な叫び声をあげた辺りで、ようやく自分がどこにいるのかを理解する事が出来た。

 ――知らない訳だ。

 ――ここ『女子更衣室』だ。




















 人気のない裏路地……その地面から指が一本現れたと思うと、続いて地面から水色の髪をした少女が裏路地に浮かびあがる。
 人工的に造られた機械と人間のハイブリット……戦闘機人。ナンバーズと呼ばれる姉妹達の6番目……セインは、やや疲れた様な表情で溜息をつく。
「……はぁ、やっちゃった。一般人の前でIS使っちゃった……トーレ姉にばれたら、何て言われるか」
 頭に厳しい姉の姿を思い浮かべ、セインは再び溜息をつく。
 彼女はある任務中、転送魔法の座標がずれてしまい。目標と違う場所に転送された結果、先程の様な事態になるに至った。
 正直あの場に先程の青年がいなければ、セインはIS使わず無傷で着地できたはずだった。
 しかし誤って転送された場の落下地点には彼が居て、セインがISを使わなければ……体内に機械がある分常人より重いセインが落下した衝撃で、彼は間違いなく死んでしまっていただろう。
 セインは犯罪者と呼ばれる部類の存在ではあったが、無関係の人間の命を奪おうとは思っていない。
 いやむしろ、任務と無関係の場であれば……施しや人命救助等も積極的に行う心優しい性格だった。
 しかし、そんな事とは関係なく……自身の特殊能力を人目のある場所で使った事は、叱られる。
 セインはそう考え、再び落ち込む様に肩を落として溜息をつこうとして……ふと自分の手に何かが握られている事に気が付く。
「あれ? 何これ……本?」
 姉に怒られてしまうと言う事で頭が一杯で、つい持ってきてしまった……先程会った彼の所持品であると思われる本を見て、セインの顔はその髪の様に青く染まる。
「も、持って来ちゃった……どうしよう」
 派手な装飾は無い小さな本を見て、途方に暮れるセイン。
 返しに行く訳にはいかない……どう考えても自分が今の格好で先程の場所に行って、中に入れるとは思えないし、再び人前でISを使う訳にもいかない。
 そして茫然と立ち尽くすセインの元に、恐怖の対象からの通信が届く。
『セイン。転送座標が狂った様だが、大丈夫か?』
「と、ととと、トーレ姉!? だ、大丈夫! 問題無いよ!」
『……問題があった事は分かった。とりあえず、無事の様だな。詳しい話は合流してから聞く、さっさとこちらに来い』
「……はい」
 分かりやすく動揺したセインを見て、モニターに映るトーレは呆れた様な表情で告げ、それを聞いたセインはガックリと肩を落として通信を切る。
「……まぁ、また今度……返しに行こう」
 セインはそう呟き、手元の本を腰の横にあった収納ホルダーに押し込み、姉妹達と合流する為に移動を開始する。















――数日後――

 
 五階建て程度の小さなビルから出てきた私服姿のセインは、ビルを出るなり大きく肩を落として呟く。
「そうだよね……名前知らないと、どうしようもないよね」
 先日の件……人前でISを使用した事について姉にこってりと絞られた後、セインは余裕のある時間を利用して本の返却に訪れていた。
 しかし会社の受付までたどり着いた所で、自分が本を返す相手の名前を知らない事に気が付き、何も出来ないまま出てきてしまっていた。
「うぅ、どうしよう……もういいかな、本の一冊位……いや、でも大事なものだったら……」
 やはり根は優しい少女の様で、セインは腕を組んで必死に考える。
 少ししてふと目の前にある喫茶店が目に止まり、セインは良い事を思い付いたと言いたげに手をポンと叩く。
「あそこからなら余裕で出てきた人が見えるし、今日は一日する事も無い。よし、待とう!」
 他の人間ならばおおよそ良い考えとは思わない発想を誇らしげに呟き、セインは向かいにある喫茶店の中へと入っていく。
 
 飲み物だけを注文し会社が見える席に座ったセインは、少しして退屈そうな表情に変わる。
「出てこない……まだかな? もう少しかかるかな?」
 まだ5分と経っていなかったのだが、時間をつぶす手段を考えていなかったらしく、セインは溜息をつきながらテーブルに伏せる。
 そこでふと、今日返すつもりだった本の事を思い出し、セインは肩にかけていたバックから本を取り出す。
「別に、見ちゃ駄目って訳じゃないよね♪」
 セインは本を読んだりする様なタイプではないが、背に腹は代えられないと判断し、ビルの方には注意を向けつつその本を見ようとする。
「え〜とタイトルは……『星の王女』……うん。あんま難しくなさそう♪」
 タイトルを見て呟いた後、嬉しげに本を開いたセインだったが……その表情は一瞬で渋い顔に変わる。
「も、文字ばっかり……」
 セイン自身も自覚しているが、彼女は正直あまり頭は良くない。小さな文字が並ぶ小説は、セインにとって恐ろしくハードルが高いものに見えた。
 しかし、他にこれと言って時間をつぶす手段も無かった為、セインはしぶしぶと文字だけの本を読み始める。

 ある日、主人公の少年の元に空から一人の少女が落ちてくる。少女は自分の事を別の星から来た存在だと語り、少年はそのまま巻き込まれる様に少女を追う集団と戦う事になる。
 そんなファンタジーの王道と言った感じのストーリーの本だったが、小説を読む事自体が初めてのセインは、自身の想像以上に引き込まれて熱中し、初めて読むにしては中々順調に読み進める事が出来た。
 しかしそんな時間潰しの作業の順調さとは裏腹に……結局その日。セインが一日中待っても、目当ての人物が姿を現す事は無かった。





















 ――数週間後――


 ミッドチルダの一画に隠された施設……次元犯罪者ジェイル・スカリエッティのアジトでは、訓練プログラムを終えたナンバーズと呼ばれる戦闘機人の姉妹達が居た。
 普段この休憩時間は、それぞれ思い思いに過ごすのだが……今日はほぼ全員の視線が、ある一点に集中していた。
 その集中した視線の先では、椅子に座ったセインが熱心に本を読んでいた。
「せ、セイン……どうしちゃったんスか? なんか、物凄く似合わない事してるんスけど……」
「さっき覗いてみたけど……文字だけだったぞ、アレ」
 赤い長めの髪をポニーテールの様に纏めた少女……ウェンディが、セインの様子を見ながらヒソヒソと呟き、それを聞いた同じく赤い髪のショートヘア―の少女……ノーヴェが、あり得ない物を見る目で言葉を返す。
「トーレ姉様が、怒り過ぎたからじゃないの〜?」
「わ、私のせい……なのか?」
 栗色の髪を左右で纏めたメガネの女性……クアットロも、笑みをひきつらせながら話し、それを聞いた紫のショートヘア―の女性……トーレは心底動揺した様な表情を浮かべる。
 しかしそんな失礼極まりない会話とは裏腹に、セインは黙々と読書にふける。
 そんなセインの元に長い銀髪の小柄な少女……チンクが近付き、声をかける。
「随分、熱中しているみたいだな」
「うん? まぁね……難しいんだけど、結構面白いよ」
「……ほぅ」
「何て言うのかな……世界が広がる? 夢物語みたいな話だけど、だからこそかな……読んでて楽しいよ」
 チンクの言葉に顔を上げ、セインは微笑みながら言葉を発する。
 結局セインはあの後も、手に持っている本を返せないままだった。暇を見つけて度々あの場を訪れて入るのだが、あの男性の姿を目にする事は無かった。
 その際に喫茶店でこの本を読む事が定例化しつつあり、セインも読書を楽しく感じるようになってきていた。
 戦う為に造られ、趣味らしい趣味も無かった彼女にとって、この手の娯楽は新鮮で……それが趣味と呼べるものになりつつあるまで、そう時間はかからなかった。
 そんなセインの様子を微笑ましげに見た後、チンクは軽く笑みを浮かべて言葉を発する。
「そうか……読み終わったら、私にも話を聞かせてくれ」
「うん」
 邪魔をしては悪いと感じたのだろう。チンクは簡潔にそれだけ告げ、明るい笑顔で笑うセインの元から離れる。
 セインと稼働時期が近く、仲が良いチンクにとっては……人間らしい行動をとっているセインの姿は、なんだか嬉しくもあった。
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