短編小説纏め
□夜空に咲く花
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――時空管理局・地上本部――
カチカチと音を鳴らし、首に下げた懐中時計が時間を刻む。
聞き慣れた音を聞きながら、周囲を歩く人達を落ち着かない視線で眺める。
……毎年の事だけど、やっぱり時空管理局に来るのは緊張する。
茶色の制服や青い制服を着た局員たちが、やたら高圧的に見えてしょうがないのは俺の気が小さいせいだろうか?
ここは受け付け用の窓口とは言っても、やはり俺の様に私服で来ている人は少なく悪目立ちをしているようにも感じる。
時折自分に注がれる局員の視線を感じると、別に悪い事をした訳でもないのに萎縮してしまう。
手続きを済ませてから時計の長針が16回動き、緊張する気持ちを押さえながら声がかかるのを待ち続ける。
「――さん。お待たせしました」
「あ、は、はい!」
どうやら手続きは終わった様で受付の局員が声をかけて来たので、少し慌てながら返事を返す。
「煙火消費許可申請、長距離射出可能な機材の貸し出しと局員の派遣依頼……受諾いたしました。こちらが許可書類になります……機材と派遣される局員は追って連絡させていただきますね」
「あ、はい! ありがとうございます」
差し出された書類を少し緊張しながら受け取り、書かれている異様に細かい文字には目を通さずに鞄にしまい込む。
煙火消費許可……これは火薬を用いた物を使用する為の許可で、俺はミッドチルダでは珍しい火薬類を専門とした仕事をしている。
まぁ今ではすっかり廃れた言葉ではあるが、花火職人というやつだった。
ミッドチルダでは火薬類の使用は厳しく制限されていて、花火を打ち上げる際には毎回時空管理局の許可を取らなければいけない。
尤も魔力エネルギーの方が火薬などより遥かに効率的で低コストな為、この許可申請を申し込む人間は殆ど居ないみたいだけど……というか、俺以外に申請している人がいるなんて話は聞いた事がない。
そのせいで毎年申請するたびに許可が出るまで時間がかかり、結果としてその間地上本部の受付で待つ羽目になってしまう……永続的な許可とか作ってくれないだろうか?
まぁそんな古臭い仕事ではあるが、逆に物珍しさで依頼してくれる人も居る為何とか食っていけてる。
機材貸し出しと局員の派遣は言葉通りで、企業でもなく個人営業の俺では手の出ない高価な機材の貸し出しと、それを扱う為の局員の派遣だ。
……お金は少々かかるが、機材だけ借りて壊してしまったら元も子もないので仕方がない。
頭の中で今回の仕事にかかる費用を計算して溜息をついた後で、俺は鞄を持って地上本部を後にする。
――数日後――
半円状の器に火薬を慎重に詰めていると端末から音が聞こえ、一旦作業の手を止めて確認する。
どうやら時空管理局からの貸し出し機材と派遣局員の連絡みたいだった。
派遣される局員名の所には『ディエチ・ナカジマ』という名前が記載されており、貸し出し機材の所には『イノーメスカノン』と表記されていた。
……イノーメスカノンって、なに?
この仕事はそこそこ長くやっているが、そんな名前の射出機材は聞いた事がない……最新鋭の物だろうか? いやでも、最新鋭の高価な機材を貸し出してもらえる程のお金は払っていない。
後カノンって……えらく物騒なんだけど?
届いた連絡に首をかしげるが、考えた所で答えが出る訳でもない。
まぁ、試し打ち上げやら打ち合わせでナカジマさんは一ヶ月前にはこちらに来てくれるみたいだし、その際に説明も聞く事が出来るだろう。
そう結論付けた俺は、首に下げていたアンティークの懐中時計を確認してから作業に戻った。
――数週間後――
昼食を食べ終わり一息入れていた頃、来客を知らせる音が聞こえ確認する。
「はい」
『時空管理局から派遣されてきました。ディエチ・ナカジマです』
若い……画面に表示された人物を見て、初めに出た感想はそれだった。
基本的に機材の技術者が派遣されてくる為、大抵は壮年の男性が多いが……画面に表示されているのは、茶色い髪をした若い女性だった。
少し珍しいと感じたが……まぁ、おっさんと仕事するよりは若い女性と仕事をした方が楽しいので気にしない事にする。
そのまま玄関の方に向かい、ナカジマさんを迎える為に扉を開くが……目の前に広がった光景を見て、俺の思考は停止する。
ナカジマさんは長い茶髪を後ろで一本に纏めた若い女の子で……画面で見るよりも可愛かったが、問題はそこでは無い。
問題はナカジマさんが背中に担いでいる……大砲みたいな物体……なに、あれ?
お、おかしい……俺が依頼したのは射出用機材と技術者のはずで、こんないかにも武装局員ですみたいな人が来る訳がない。
「……あ、あの?」
俺が茫然としているのを疑問に思ったのか、ナカジマさんが首をかしげながら尋ねてくる。
「……えっと、ナカジマさん……ですよね?」
「はい……あ、呼び名はファーストネームの方でいいです」
念の為に確認すると、ナカジマさ……ディエチさんはその通りと頷く。
……あれ? もしかして申請を間違えた?
「えと……私が依頼したのは、武装局員ではないのですが……」
「あ、はい……打ち上げ花火の手伝いと聞いています」
一瞬申請する際に間違えたのかとも思ったが、ディエチさんは打ち上げ花火の手伝いに来てくれたという……じゃあその大砲は何?
頭の中では次々疑問が浮かんでくるが、そのまま玄関に立たせておく訳にもいかなかったので一旦考えを引っ込めて声をかける。
「……あ、どうぞ中へ」
「あ、はい。失礼します」
俺が促すと、ディエチさんは丁重に頭を下げて室内に入る……緊張してるのかな? かなり若そうに見えるし、派遣の仕事自体が初めてなのかもしれない。
俺の家は作業場と繋がっていて、作業場には火薬等の危険物も多いので先ずはリビングに案内して説明をする事にする。
家の廊下を歩きながら、俺はディエチさんに話しかける。
「ところで……射出用の機材……えと、イノーメスカノンというのは?」
「あ、これです」
……あえて考えないようにしてたけど……やっぱりその大砲がそうなんだ……
リビングに案内して、ディエチさんに椅子に座ってもらってから声をかける。
「紅茶とコーヒーがありますが、どちらが良いですか?」
「あ、ええと……こ、紅茶でお願いします」
俺の言葉を聞いたディエチさんは、少し恐る恐るといった様子で言葉を返してくる。
「あ、気楽にしてください」
「……あ、はい……ごめんなさい。こういう仕事は初めてで」
「誰だって初めての時はありますよ。どうか気負わず、経験の為のステップ程度に考えてくれればいいですよ」
「……ありがとうございます」
少しでも緊張を解してあげようと思い声をかけると、俺の言葉を聞いて少し安心したのかディエチさんは僅かに微笑みを浮かべる。
……とても可愛らしいその表情を見て、むしろ俺の方が少し緊張してしまったが……
その後お茶を飲みながら仕事の内容を軽く説明していく。
ディエチさんの仕事はあくまで射出なので、実際の所やってもらう事はそれほど多くは無い。
「一応今日は試し打ち上げ……花火の出来を見る為の打ち上げをしてもらって、その後は本番までこちらに来てもらうのは数回程度になると思います」
「はい……これからその試し打ち上げをするんですか?」
「いえ、流石にまだ外が明るすぎるので……もう少し暗くなってからですね。それまで私は作業をしますが、ディエチさんはどうします? 時間にさえ戻って来てもらえれば外出してもらってもかまいませんが?」
「……あの、御迷惑でなければ……見学させて貰っても良いですか?」
まだ時間が少し早い為、どこかで時間をつぶしてきても良いと提案するが……意外な事にディエチさんは俺の仕事を見学したいと言ってきた。
「構いませんが……あまり面白いものでは無いですよ?」
「……大丈夫です……外出しても、何をすればいいか分からないので……」
花火作りなんて見ていても楽しくは無いと告げると、ディエチさんの口からまたも意外な言葉が返ってきた。
ディエチさんは見た感じ10代後半ぐらい……その年頃の女の子だと、外で遊ぶ事には困らなそうなもんだけど? まぁ、深く突っ込んで聞くのも悪いか……
そう考えた俺は、微笑みながらディエチさんに声をかける。
「……では、作業場に案内します……もし火気類を持っているなら、危険なので置いておいてくださいね」
「大丈夫です……ありがとうございます」
……何と言うか物静かというか、感情の読みにくい子だな。それとも単純に俺が歳をとって若者の心が分からなくなってきたのかも……いやいや、俺もまだ27……いや、この子から見れば十分おっさんか……
そんなどうでもいい事を考えながら、俺はディエチさんを案内して作業場に移動する。