魔法少女リリカルなのはStrikerS X〜翡翠の太陽〜

□亡者の船と天焼く翼
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第八話「戦曲の足音」(1/2)



 ――新暦79年・12月――

 ――ミッドチルダ中央区画――


 部屋の窓から明るい光が差し込む中、私は一枚の鏡の前で迷っていました。

 鏡に映る私の姿は、黒いシャツに白の上着……どうもなんだかひらひらした感じのスカートという装いです。

 今着ているのは以前コウタ様に買っていただいた服のうちの一着で、今私は本日の外出の為の準備を行っているところです。

 正直良し悪しはサッパリわかりませんが、着方自体は間違っていないはずですし、自分で見る限りおかしな部分はありません。

 強いて言うのであれば、古代ベルカでは丈の長いスカートが主流だったので、今履いてるスカートに少し違和感があるぐらいでしょうか?

 いえ、それはあくまで私が慣れていないというだけの話ですね……コウタ様が選んでくださった服に間違いがあるはずがありません。

 この組み合わせで着るのは初めてですが……コウタ様、褒めてくださるでしょうか?

 ……って、私は一体何を考えているんですか!?

 あ、あくまで私がちゃんと着飾るのは所有者であるコウタ様に恥をかかせないため……道具としての品質を保つためのものであって、コウタ様の評価がどうだとかは関係……関係……

「イクス、準備できた?」

「!?!? ひゃ、ひゃい!」

 頭の中を思考がぐるぐると回っていると、突然ドアをノックする音と共にコウタ様の声が聞こえてきて、私は思わずその場で少し跳ねてしまいました。

 だ、駄目です。落ち着かないと……コウタ様に失礼にならないように……

 必死に深呼吸をして息を整えた後、私はドアを開けてコウタ様に頭を下げます。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「気にしないで、その服も良く似合ってるね。可愛いよ」

「へ? あ、ありがとうございます」

 謝る私に対し、コウタ様はいつも通りの優しい笑顔を浮かべて言葉を返してくれました。

 やはり分かりません……不可解です。評価等は関係ないと先ほど考えていたはずなのに、このくすぐったい様な感覚は何でしょうか?

「それじゃあ、出発しようか」

「はい」

 本日はコウタ様がどこかへ連れて行ってくださるということで、私はそのままコウタさんの後ろに続いて家から出て車に乗り込みます。

 運転席にコウタ様が座り、助手席に私が座るといういつもの形で出発します。















 









 道路を走る車の中で、私はコウタ様の運転の邪魔になってしまわないようにタイミングを見て尋ねます。

「コウタ様、本日はどこに行かれるんですか?」

「西区にある植物園っていうか、植物公園みたいな所だよ。今日は平日だから人も少ないだろうし、のんびりするにはちょうど良いからね」

「植物園? というのは、いったい何をするところなのでしょうか?」

「色々な花とかが見れるところだよ。ほら、イクスの前住んでたところは戦争続きだったって言ってたし、そう言うのもあまり見たことないだろうからちょうど良いかなって」

 本当に、コウタ様は……優しすぎます。

 私などの為に色々と考えてくださり、私はただの道具のはずなのに……いえ、何を馬鹿なことを考えているのでしょうね私は……

 私がコウタ様の道具? コウタ様と出会ってから今まで、お世話になってばかりに何の役にも立てていないのに……

 コウタ様と出会い、ともに生活するようになってから間もなく10日程が経過しようとしています。

 コウタ様と過ごす毎日は、今まで私が経験したことがない様なことの連続で、いつも新鮮な驚きに満ちていました。

 コウタ様は本当に私の事を色々と考えてくださっている様子で、毎日色々な美味しい料理を作ってくださったり、無知な私に様々なことを教えてくださいます。

 お仕事も忙しいでしょうに、私と居るときはそんなそぶりは少しも見せず、いつも私が就寝してから日付が変わるぐらいの時間までお仕事をされている様子です。

 本当は私のような役立たずどころか、迷惑をかけてばかりの……道具にさえなれないようなモノが一緒に居ていいわけがない。何度もそう考えましたが、だからと言って具体的にどうこうすることは出来ませんでした。

 でも、もしそれを口にしたとしても……きっとコウタ様は「そんなこと気にする必要ないよ」と、いつものように優しく笑って私の頭を撫でてくださると思います。

 こんな風に考えてしまう事がすでに……私がコウタ様の優しさに甘えてしまっているという証拠なのかもしれません……不甲斐ない話です。















 ――ミッドチルダ西区画・自然公園――


 1時間と少しほど車の中でコウタ様と雑談を行っていると、目的地にたどり着いたようで車が止まり、コウタ様と一緒に外へ出ます。

 すると初めに視界に飛び込んできたのは、一面の緑でした。

 並び立つ木々がまるで門の様に形作り、公園内に足を踏み入れるまでもなく大自然の息吹を感じることができました。不思議と周りの空気も澄んでいるかのように感じます。

 古代ベルカでは見たことがなかった景色に私が目を奪われていると、コウタ様は優しげな笑みを浮かべて口を開きます。

「それじゃあ、のんびり見て回ろうか」

「あ、はい」

 コウタ様の言葉に頷いた後、私はその後に続いて自然公園の中へと足を踏み入れます。

 大きな木の並ぶ入口でコウタ様が受付を行い、景観を壊さぬ程度の簡素な受付フロアを抜けると、私達の視界には一面の花畑が飛び込んできました。

「……すごい」

 その光景には思わず圧倒されてしまいました。これほど多くの花が咲いているところを見るのは初めてです。

「やっぱりこれだけ沢山の花が咲いているのは壮観だよね」

「……はい。とても、美しいと思います」

 心が洗われるという表現がありますが、今の心境はまさにそういった感じです。

 咲き乱れる色とりどりの花々、ほのかに鼻をくすぐる香り、そして優しく吹く風……その全てが、今までの私にとって縁遠いものでした。

 そのまましばらく私とコウタ様が、風に揺れる花々を無言で眺めていると、突然コウタ様がこちらを振り向いて首をかしげます。

「うん?」

「……え?」

 振り向いたコウタ様の視線に釣られる様に、私も視線を動かすと……私の手がコウタ様の手を摘むようにしているのが見えました……って、わ、私は一体何をしているんですか!?

 完全に無意識の内にコウタ様の手を握っていた私は、大慌てでその手を離して深く頭を下げます。

「も、もも、申し訳ありません!」

 な、なんという無礼なことをしてしまったのでしょうか……初めて見る光景に多少夢見心地であったとはいえ、いきなりコウタ様の手を掴む等と言う蛮行、不敬にも程があります。

 頭が混乱するのを感じながら、私はコウタ様に必死に頭を下げて謝罪の言葉を口にしましたが……当のコウタ様は一瞬キョトンとした表情をされた後、いつも通りの優しい笑みを浮かべて私の手を取り……ええぇ!?

「広場もあるみたいだから、のんびり散策しようか?」

「え? あ、あの!? こ、こここ、コウタ様!?」

 私の手を優しく握りながら話すコウタ様に、私は何と答えていいのか分からず戸惑ってしまいます。

 ただなんだかやたら顔が熱い様な、少しも冷静に思考が回らないような感覚がします。

「うん?」

「い、いえ!? なんでもありません!」

 そんな私の様子を見てコウタ様が微笑んだまま首をかしげ、その表情を見た私はそれ以上何も言えなくなってしまいました。

 コウタ様はそのまま私の手を引いて……私達は手をつないだ状態で自然公園の中を歩き始めました。

 微笑みながら咲き誇る花々を眺めるコウタ様とは対照的に、私は激しくなる動悸と上がっていく体温に戸惑ったまま、景色を見るどころの話ではありませんでした。

 ただ……手を離すという選択肢は、もう浮かんできませんでした。

 コウタ様の手は大きくて、暖かくて……信じられないほど、安心できました……
















 その後はコウタ様の言葉通り、のんびりと自然公園を見て回りました。

 広場に併設された小さなカフェで一緒にお茶を飲んだり、この時期には咲かない花を見ることができる温室へと足を運んだり……気がついた時にはもう夕刻と言っていい時間になっていました。

 コウタ様を一緒にいると、時間の流れがとても速いように感じられます。

 嫌な感覚ではありません。とても心地よく温かな感じがしますが……同時に、分からなくなります。

 コウタ様と出会い、お傍に置いていただいてから、私は自分がどんな存在であるかどんどん分からなくなっていきます。

 私は道具で、兵器である筈……だけど、コウタ様はそれを望みません。私に人間であることを求めてくださいます。

 だからこそ、どうしていいのか分からなくなります。

 血塗られた私の過去、マリアージュという呪われた力……私にはこのような平穏な時間を生きる資格などないはずです。

 だけど、だけど……コウタ様と一緒にいると、ついそれを望んでしまいそうになります。

 そんなことがある筈がないのに、そんなことが許されるわけがないのに……このまま、こんな時間が続けばいいと思ってしまいます。

 あるいはコウタ様なら、私の全てを知った上で……それでも私に微笑みかけてくれるのでは?

 甘えた考えが頭をよぎり、私は慌てて自分を戒めるように首を振って前を歩くコウタ様に付いていきます。

 そのまま少し鬱屈とした思考の渦にのまれたまま、私はコウタ様の運転する車に乗り自然公園を後にします。
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