魔法少女リリカルなのはStrikerS X〜翡翠の太陽〜

□翡翠の温もり
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第四話「求められぬ救い」(1/2)



 灰色に塗りつぶされた空、赤黒く染まった大地……周囲に人影はなく、私は何もない荒野で血まみれの剣を手にただ静かに立ちつくしていました。

 ああ、これはいつもの夢……眠ると決まって見る悪夢。

 立ちつくす私の周囲から次第に光が失われていき、徐々に私の体も黒く染まり始める。

 心の中にある何かが悲鳴を上げるが、私の体は動かず闇に飲まれ……消えて無くなる。








 ――新暦79年・12月――

 ――ミッドチルダ中央区画――


 馴染みのない天井が見え、私はゆっくりと体を起こします。

 同じくあまり馴染みのない柔らかな布団をどけ、ベットから降りてまだ少し覚醒しきっていない頭で周囲を見渡しました。

 ここは、私の現在の『所有者』であるコウタ・エルザード・ゲイズ様の家。以前私が居た世界は既に滅び、調査に来ていたコウタ様が私を遺産として発見し確保しました。

 その後私はコウタ様の家に案内され、まだ収納用のポット等が無いのか……勿体なくもベットで眠らさせていただいく事となりました。

 そこまで考えた所で、私は所有者であるコウタ様に起床した事を知らせなければならないと考え、部屋の出口に向かいます。

 ドアに手をかけ開こうとした所で、ふと頭にある事を思い出し足を止めます。

 昨日、コウタ様と共に遭遇したマリアージュの集団……アレは私が『作った』ものではありません。だとすると誰か別の人間がマリアージュを生み出し差し向けてきたという事でしょうか? 何故そんな事を……

 頭にいくつかの疑問が浮かびあがりましたが、私は軽く首を振ってそれを頭の隅に消しさります。

 何を考えているんでしょうか、私はただの道具……私がどうするかは所有者であるコウタ様が決めることであり、私はただそれに従うだけ……

 でも、そう言えば……あの方は私にどうしたい? っと尋ねられた……そんな事を聞かれたのは、初めてだったかもしれません。

 長く収納されていた影響か思考にやや混乱が感じられ、私は少しその場で立ち止まった後でドアを開いて部屋の外に出ます。

 すぐにいくつかの扉がある通路が見え、コウタ様が何処にいるのか探す方法を考えましたが、一階から音が聞こえたので階段を下りてそちらに向かいます。

 リビングらしき部屋のドアに手をかけて開くと、料理でしょうか? 良い香りが漂ってきました。

 部屋に入るとすぐに探していたコウタ様は見つかり、私は声が良く聞こえる様に少し近づいてから頭を下げて起床報告を行います。

「おはようございます。起床いたしました」

「おはよう、イクス。昨日はよく眠れた?」

「あ、はい。体に異常はありません」

 何故この人はそんな事を聞くのでしょうか? 所有する道具の状態確認の様なものでしょうか?

 明るく笑いながら話すコウタ様に、私は少し戸惑いながら言葉を返します。

「朝ご飯はもう少しで出来るから」

「え? ちょ、朝食……ですか? い、いえ、私には栄養剤なりなんなりと手間のかからない物で大丈夫です」

 驚いた事にコウタ様は、態々私の朝食まで用意して下さっている様子で、私は慌てて言葉を発します。

 するとコウタ様は少し顔をしかめ、注意する様に言葉を返してこられました。

「栄養剤とかそういうものばかりに頼っちゃ駄目だよ。健康の為にも食事はちゃんと取らないとね」

「え? あ、はい。も、申し訳ありません」

 コウタ様の言葉を聞いて、私は慌てて頭を下げて謝罪の言葉を口にします。

 なんというか、この人が語る言葉は……今まで私が聞いた事のない様なものばかり、正直戸惑いが隠せません。

 そのまま私はコウタ様に促されて洗面所で顔を洗い、リビングの席に少し戸惑いながらつきます。

 コウタ様が私の前に料理を並べて下さり、私は何度かコウタ様の顔色をうかがった後で手を合わせて言葉を発します。

「い、いただきます」

 思えばこうして栄養補給を食事という形で取るのはいつ以来でしょうか? 不思議と緊張して体に力が入ってしまうのを感じながら、私は料理を口に含み……自分でも分かる程大きく目を見開きました。

「……」

「あれ? 口に合わなかったかな?」

「ッ!? い、いいえ! とても美味しいです」

「そっか、それなら安心したよ」

 茫然と固まる私を見て、コウタ様が少し不安げな表情で尋ねてこられたので、私は慌てて首を横に振って言葉を返します。

 私が固まってしまったのは決して料理が口に合わなかった訳ではありません。コウタ様が作ってくださった料理はとても美味しく……そして不思議な感じがしました。

 何と表現していいのかよく分かりませんが、強いて言うのであれば暖かいと言うか……ホッとすると言うのか、今まで私が経験した事のない感覚……

 なんなでしょうこれは? 薬剤等で取っていた栄養を、ただ口で摂取したと言うだけなのに……どうしてこんなにも違うのでしょうか?

 分からない。だけど私の体はそれを拒絶している訳ではなく、手は先程よりも早く動いて次の料理を口に運んでしまいます。

 そんな私の様子を見て微笑んでいたコウタ様は、ふと何かを思い出された様に口を開かれました。

「あ、そうそう。今日は買い物に行こうと思うんだけど、大丈夫かな?」

「え? あ、はい。私はコウタ様の意向に従うだけですので」

 買い物……荷物運びが私に命じられる仕事という事でしょうか? いえ、そもそも何故この人は逐一道具である私に確認を取るのでしょうか?

 そんな事は必要ないのに……私は所有者であるコウタ様の意思に従うだけ、コウタ様の選択を待ち、コウタ様の決定に従うだけなのに……

 私がそんな風に考えていると、コウタ様は更に信じられない言葉を続けます。

「いや、イクスの服とかを買いに行くんだから、俺の意向よりはイクスの好みを教えてもらえた方が助かるんだけど……」

「……は?」

 何を仰っているのでしょうかこのお方は? 私は現在も服を着ているし、道具である私にあれこれ着飾らせるメリットなどは存在しません。

 現在着ている服が見るに堪えないということでしょうか? それともこの世界でこの服装は一般的ではないと言う事なのでしょうか?

「当面の間はここに住んでもらうことになるからね。生活用品とか変えの服とか色々必要でしょ?」

「……」

 困りました。この方の語る言葉の意図が、私にはまったくと言っていいほど分かりません。

 道具である私にそんな物を買い与えて何になると言うのでしょうか? 性能を維持するための初期投資? いえ、でもコウタ様がそういう意図で言葉を発せられていないのは何となくですがわかります。

 私は、一体どう答えればいいのでしょうか? 分からない、分かる筈もありません……だって、今まで私にそんな言葉をかけてくる人はいませんでした。

 私が答えに迷っていると、コウタ様は苦笑して頭をかきながら言葉を続けます。

「俺、正直あんまり服の良し悪しとかが分からなくてね。色々イクスの意見を聞かせてもらうしか無くてね」

≪マスターはそういうのは全てお義姉さんまかせですからね≫

「あはは」

 分かりません……分かりませんが、所有者であるコウタ様が私に意見を出せと仰られるなら、私にそれを拒否する権限などありません。

 私が意見を述べたとしても、最終的に決定するのがコウタ様であるなら問題はない筈……

 そう考えた私は、コウタ様の言葉に無言で頷きそれを見たコウタ様は微笑みながら言葉を続けます。

「よかった……ああそれと、流石に下着は俺が付いていく訳にもいかないから、お金は渡すから好きなものを買ってきてね」

「……」

 本当に困りました……どうやら私が全て決定しなければならない物も存在する様子です。






















 ――ショッピングモール――


 朝食を食べ終えた後でコウタ様と共に買い物に向かい、目的地に辿り着いた私は茫然と目の前の建物を見ます。

「……」

 これがお店? 何と巨大なんでしょうか……まるでお城ではありませんか……

 そして目の前のお店もそうですが、ここまでの移動に使った車も私には信じられないものでした。

 速度はそれなりではありましたが、魔力防壁もない薄い装甲でどうやって敵の攻撃に対処するのでしょうか?

 いえ、そもそもそういった考え自体が間違いなのかもしれません。ここはベルカとは違い平和な世界の様ですし、戦いというのも縁遠いものという事……あれ? では、何でコウタ様はあんなにお強いのでしょうか?

 よほど頭が混乱しているのでしょうか、次々と関係のない疑問が浮かんできていた私は慌てて首を振って向き直ります。

 例え今までと形式が違ったとしても、これは道具としての私に与えられた初めの仕事……私はここでコウタ様に道具としての有効性を示さなければなりません。

 大丈夫、問題はない筈です……私もかつては王として多くの民の姿を見てきました。服に関してだって、多少なりとも知識はある筈……

「それじゃあ、まず初めに服から買いに行こうか?」

「はい! お任せください! 誠心誠意努力させていただきます」

「え? あ、うん……そんな気合を入れる様なものじゃないと思うけど……」

 コウタ様の言葉にしっかりと気合を込めて返し、私は真剣な表情で目の前の城の様なお店を睨みつけます。

 私自身何故こんなにやる気になっているのかは分かりませんが、コウタ様を失望させたくはありませんでした。

 それは、コウタ様が今まで私が接してきた誰とも違う不思議な方だからかもしれません。


















 どうもこのショッピングモールというのはいくつかの店の集合体、つまるところ市場の様なものであるとの事らしいです。

 コウタ様に連れられて辿り着いた一つのお店、衣服を扱っているお店の前で……私はあんぐりと口を開いて固まってしまいました。

「……」

 え、これが衣服屋? ここに並んでるのが全部服ですか? 

 私の目の前に広がっているのは、十や二十では済まない数の衣服……それこそ数百はあろうかという程の色とりどりの品々……こんなに種類があるなんて、聞いていません。

「あ、もしここに気に入るのがなければ、他にも十件ぐらいは服屋があるから色々回ってみよ」

「!?」

 そんな私の心の葛藤を知らず、コウタ様は更に絶望的な言葉を発せられます。

 ど、どうすればいいのでしょうか……もうこの一件だけで目が回りそうなのですが、この数の十倍……その中からコウタ様の望む品を探し当てなければならないとは、いささか私には荷が勝ち過ぎている気がします。

 し、しかし初めの仕事でコウタ様を失望させる訳には行きません。私は再び決意を固め、未知とも言える衣服の山に向かって歩き始めます。

 そして店内を一通り見て回った結果……固めた決意は折れそうになりました。

「……」

 正直全く分かりません……どれが良くてどれが悪いのか以前に、何故こんなに意味も無く多種多様な服が存在しているのかが理解出来ません。

 ベルカにいた頃見た服というのは、色等の種類こそあれどある程度形は同じ様なものでした。

 しかしこの店の中にあるのは、色も形もてんでバラバラ……中には奇怪な模様が描かれた服までありました。なんでしょうあれは、魔法陣の一種か何かなのでしょうか?

 色もあまりに多すぎて、中には一着の服に十を越える色が含まれているものまで……どこぞの王族の為の服でしょうか?

 何と言う体たらくでしょうか……あれだけ意気込んでおきながら、まともに品を見極める事も出来ない。道具である私が、所有者であるコウタ様の期待に応えられるだけの性能を有していない。

 きっとコウタ様も失望されている。そう考えながら、私は恐る恐る隣に立つコウタ様の顔を見上げました。すると……

「いや、やっぱこんだけ数があると、どれが良いかよく分からないよね。やっぱまずはオーソドックスに色辺りを決めて探してみようか?」

「……」

 あれ? 怒ってない? 

 私の不甲斐ない状況、お叱りの言葉を覚悟してのことでしたが……コウタ様は特に怒っている訳でもなく、失望されている様子も無いままで苦笑していました。

「イクスは好きな色とかある?」

「い、色ですか? え、えと、好きかどうかは分かりませんが……以前は黒や赤の色が付いたものを着用する機会が多かったです」

「そっか、じゃあその辺りを中心に一緒に探してみよう」

「え、あ、はい」

 明るい笑顔で言葉を発するコウタ様に戸惑いながら、その言葉に釣られる様に私は頷き、コウタ様と一緒にもう一度お店の中を見て回ります。

 途中コウタ様はいくつか私に質問をしながら、何種類かの服を手にとって私に意見を求めてきました。

 正直良し悪しは全く分かりませんでしたが、コウタ様が選んでくださったものを否定する気にもならず、私はそのいくつかの衣服を……試着? という一度身につけて確かめてみるという行為を行うこととなりました。

 あまり馴染みのない服に少し苦戦しながら試着を行い、着終えた後でコウタ様に判定してもらう為に試着室から外へ出ます。

「うん。よく似合ってる。凄く可愛いよ」

「へ? か、可愛い?」

 ほ、本当にコウタ様は不思議な方です……道具である私に、可愛い等という評価をして一体何の意味があると言うのでしょうか? ……しかし何故かその疑問を口にする気にはなりませんでした。
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