短編集
□走れ王道!輝け悪役(ヒーロー)!
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「……ん?」
とある日、家で古文の宿題を解いていると、シャー芯が切れてしまったことに気付いた。
生憎予備などは持ち合わせておらず、どうやら近くのコンビニ…いや、節約のため100円ショップまで走って買いに行く必要があるようだ。
やれやれ、と俺は家着から適当なT−シャツとジャージのズボンに着替え、財布とアパートの鍵を手に外に出た。
天気はいいくらいに曇っていて、暑くもなく寒くもないこの気温はズバリ適温というべきものだろう。
そういえば買いだめしていた飲料水が底をついていた気がする。
他にもトイレットペーパーや夜間の学習用のろうそくなんかがピンチだったはずだ。
思い返すと買わなくてはならないものは意外と多く、今日は本格的に買い物する日にするか…なんて思いながら歩いてた時だった。
『なあ姉ちゃん、俺達と遊ばねぇか?』
『楽しいこといっぱい教えてやるからよォ!ギャハハハハハッ!』
実際にそんなこと言う奴がいたのか!?と、耳を疑うような台詞が路地裏から聞こえてきたと思ったら、今度は耳を疑うような声が聞こえてくる。
『嫌よ、誰がアンタ達なんかと』
『まあまあ、そういうなって、なぁ』
『……っ!離して!』
間違いない、この声は優だ。
どう考えても優が変なやつらに絡まれてるよ、今。
俺は教室の扉を開けたら全員宇宙人だったというくらいの衝撃を受け、思わずその場に呆然となる。
だって、急すぎる上にタイミングよすぎんだろ。
もし俺が古文の宿題せずに将棋かなんかしてたら優は今ごろ、ってかこれから大変なことになってたんじゃないのか?
まあ、そんなことはどうでもいい。
とりあえず、危ない現場を見てしまった以上はスルーはできまい。
周りに人はいないし、ここは俺がなんとかして優を助けなければ。
…どうやって?
深刻な問題が発生してしまった。
どうやって優を助ければいいんだ?
俺は坂本や吉井みたく喧嘩慣れしていないため、チンピラどもを鮮やかに倒して女の子を華麗に助けるといった主人公染みたとはできない。
ならばとりあえず颯爽と登場し、優を連れて逃げることができれば話は早いのだが、成功率は普通に考えて、低い。
さらには、じっくり解決策を考えていては手遅れになってしまうだろう。
「……くそったれ」
仕方なく、相変わらず立ちの悪い輩が減らない世間に小さく毒づきながら、走り出す。
相手は会話の様子から二人。
こちらの手持ちには財布と家の鍵、それから携帯に……ん……待てよ、これをこうすれば……っ!
閃いた俺は足を止め、手短に準備を始めた。
『アンタ達、こんなことしてタダですむと思ってんの!?』
『ったく、強気な女だなぁ、こいつ。…いい加減黙らねぇと、一発顔ぶつぜ?』
『うっ……』
『ハーハッハァ!急にびくびくしちゃって可愛いナァ、オイ!!よしっ、とっととどっか連れてくか』
『えっ……?じょ、冗談じゃないわよ!?』
『うるせぇっつってんだろ?…しゃねぇ、一回殴って黙らせとくか。あんまり上玉の顔には傷つけたくなかったんだけどな…』
「あー、それわかるわかる。女の子に手を挙げるだなんてサイッテーな行為だもんな。納得だぜ」
『そうそう、本当は優しい俺達はこんな手荒いことしたくなかっ……誰だテメェ!』
「通りすがりの一般人ってとこじゃないか?」
言いつつ、我ながら余裕だな、なんて思う。
2人に同時に…いや、片方にだけでも殴りかかられたら手も足も出ずにボコボコにされるというのに。
「一般人ネェ…そんな一般人がこんなとこにきてどうしたんだ?まさか女の子を助けようだなんてヒーロー気取りなことを考えてるんじゃないよな?」
「いやいや、そんな滅相もないって。ここがいつも使う近道だから通りかかっただけだっつうに」
優が恐怖で黙りこくっている。
いや、俺の心配をしてるのかもしれない。
俺が喧嘩をできないのを知ってるのだから。
「はぁ、そうかそうか。でもだからって通行させる気はないぜ?見られちまった以上は少しオネンネしてもらうぜ」
「えぇ…そんな理不尽な…まあ、確かに気持ちはわからんでもないがな」
「ほう、話のわかるやつだ。ならご褒美に一発で気絶させ――」
「ただ、な」
あ?と俺を見るチャラ男達。
完全に油断しきってるこいつらなら、撹乱できる可能性はある。
――始めるか。
「お前らがあんまり大声出しすぎるせいで、人が寄ってきちまったみたいだぜ?」
「……なんだと?」
片方が眉を斜めにしてそんなことを言った瞬間、突如、ガヤガヤという人の声が路地裏に響く。
しかも、かなりの大人数の話し声が。
「なっ、マジかよ!?……くそ、どうする!?」
「どうするって言われてもよ!クソッ!」
人通りが少ないため、そんなに大きな声を出しても問題ないと思っていたのだろう。
こいつらは面白いように慌てふためく。
ったく、俺が携帯のアラーム設定で吉井達のバカ騒ぎを映したムービーを流しただけだと言うのに。
さて、混乱に上じて次の手を早めにうつか。
「仕方ネェ、女連れて逃げるか!?」
「だったらこっちにいった方がいいぜ。裏道がある」
「なるほどわかった!行くぞ!ひろき!」
「ああ!おい姉ちゃん、ついてこブボヘッ!?」
優を連れていこうとした片方のチャラ男、ひろきが、とんでもない声を上げながら宙を舞う。
当然だ。
俺の横を走り抜けようとした瞬間に拳を本気で顔面に入れてやったんだから。
多分物凄い威力になってるんじゃないだろうか、可哀相なことよ。
「お、おいテメェ、通行人じゃなかったのか!?」
さっきまでヘラヘラとしていた男が突然仲間の一人をぶっ飛ばしたんだ。そりゃ驚くだろうに。
「ああ、まあ…なんだ。どうでもいいけどそっちに裏道なんかねえよ?」
「おいふざけんなテメェ!!」
頭にきたのか殴りかかってくるチャラ男。
動きは直接的だが、正直確実には避けきれる気はしない。
だから…、
「そんなかっかしなさんなって。ほらっ、プレゼントだよ」
「ッ!?」
ふわりと、俺はポケットに偶然入っていた赤色のスーパーボールを投げる。
危険物だと勘違いしたのかチャラ男は突進を急停止させるが、その拍子にバランスを崩す。
「うらぁぁぁぁぁあっ!!」
完全に隙ができたそいつに、今度は俺が大きく声を上げながら拳を振り上げて接近する。
狙いは顔面だっ!
「くっ…」
それに気付いたのか、チャラ男は両手を顔面の前でクロスさせて防御に入る。
無論、作成通りだ馬鹿野郎。
「おらぁっ!!」
最初から拳は罠。
俺の狙いは急所蹴り上げだぜ!
「ぬぉぉぉぉぉぉぉおっ!?!?」
凄まじい雄叫びを上げてのたうちまわる男を見て、俺はここしかないと判断する。
「優、逃げるぞ!」
「え?え、ええ!」
ダッ、と走り出す俺と優。
とりあえずのたうちまわっているこいつにはオネンネしてもらおうか。
「目指せW杯(ワールドカップ)!」
「おぶっ」
走りながら腹を割と本気で蹴り、完全に意識を奪う。
これで後は…、
「まてやオイ!!ただですむと思うなよ金髪がっ!!」
ひろきとかいう、俺がさっき顔面をクリーンヒットさせた男だ。
奴は鼻血を出しながらも俺達を追いかけてくる。
んー、俺のパンチが貧弱なのか、それともこいつがタフなのか、いずれにせよ面倒だな。
保険をかけといてよかったぜ。
「優、その角で跳べっ」
「え?」
「いいから」
「うん」
小さく指示を出し、角を曲がると同時に俺達はバッと跳ぶ。
一方そんなことを知らないひろきは俺達と同様に角を曲がり…、
「あっ!?」
間の抜けた声とともに、ひろきは倒れ、ドンガラガシャガチャーンと騒々しい音を発してごみ箱に突っ込んだのだ。
ふっ、ブービートラップの味はいかがかな?
つってもごみ箱に入ってたロープを壁の両脇の突起に結んで張っただけだけど。
「クソッ、テメェ騙しやがったな!?」
「だから言ったろ?俺は正々堂々と城を突破して大魔王との一騎打ちを制し、お姫様を助けだすようなヒーローじゃないってな!卑怯汚いは悪の特権じゃねぇってよく覚えとけ!」
最後にお子さんに聞かせたら確実に悪影響を及ぼすんじゃないかという台詞を残し、俺達は路地裏をぬけ、それから人通りが多い商店街までダッシュしたのだった。
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