恋愛無関心症患者のカルテ
□番外編:A morning once again.
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その日の朝…ベッドでゆるゆると目覚めの時を迎えながら、御剣は彼女の存在を確信して伸ばした手に何の感触もなくて一瞬ぎょっとした。
が、シャワーでも浴びているのだろうかと思い直し、数十分ほどベッドで微睡んでいた。こちらへ戻ってくるであろう彼女を優しく抱きしめ、出勤するギリギリまで甘い余韻に浸ろうか、などと夢想しながら。
――…しかし。漂う空気があまりにも不気味で静かすぎる事に不信感を覚えた御剣が、バスルームへと足を運んだところ、そこはもぬけの空だった。使用した形跡は残されていたが、唯の姿かたちはどこにもなかった。
それを皮切りに、御剣は慌てて部屋中を探して回った。それでも見つからず、クローゼットや…絶対にいないと分かっているチェストやシェルフの中までくまなく、それこそ隅々まで探したのだが彼女を見つける事が出来なかった。
やがて、一番最後に確認に行った玄関に、唯の靴がないという事実がとどめとなり、御剣は暗澹たる面持ちでベッドルームへと戻ってきたのだった。目覚めた直後の、あの甘く幸せな夢想のひとときは、もう欠片すら残っていない。
「………くそ」
悪態を吐き、それまで触れていたシーツを鷲掴む。ぐしゃりと一層乱れるシーツを睨みつけながら、御剣はこの受け入れがたい事実を苦い思いで噛み締めた。
彼女が欲しいという、ただその一心で己の欲望を優先してしまった…その結果。
唯がいないという事が示す…その答え。
自分はまた、彼女を傷つけたのだ。
「――…」
御剣は険しい表情で目を伏せ、唇を噛み締める。初めてなのが分かっていながら、彼女を労われなかった自分のあまりの愚かさに、自戒の念に沈んでいく。
…いや。今にも引きちぎれそうなほどギリギリに張り詰めた理性で、自分は止めようとした。が、それを拒んで最後まで受け入れる事を望んだのは、他ならない唯自身なのだ。
【お願いです…ちゃんと――…最後まで欲し…っ】
彼女にあんな…涙に濡れた瞳で、か細い声で懇願されれば、理性や自意識や色んな何もかもがブッ飛ぶのも無理はない。そうやってお互いを重ね合わせ、痛みに体を強ばらせて御剣の背中に爪を立てながらも、彼女は「嬉しい」と「好き」を繰り返し自分に伝えてくれたのだ。あの時の、目も眩むような幸福感は言葉では表現できない。
でも、現実は――…実際は。自分の思い違いでしかなかった。それは、ここに御剣1人しかいないという事実がまざまざと指し示している。
例え彼女が望んでいたのだとしても、それを免罪符にしてはいけなかったのだ。好きなら…愛しているというのなら、唯の体を気遣うべきだったのだ。
なのに。彼女の言葉を言い訳にして、踏み台にして…自分は彼女を傷つけ、悲しませてしまった。だから唯は自分の傍から離れてしまったのだ。
「唯…っ」
呻くように名前を呼ぶ。応えてくれる存在がいないのが、辛い。傷ついた体と心を抱えて、唯はどんな気持ちでここを出て行ったのかを想像するだけで居た堪れない。
恐らく…軽蔑されただろう。それだけの事をした自覚もある。そして同じくらい謝りたい気持ちも、御剣の中にあった。許してくれるだろうかと心配する以前に、とにかく彼女に誠心誠意謝りたい。
御剣はゆっくりと立ち上がると、クローゼットからシャツを取り出し、袖を通した。携帯電話で連絡を取ろうかとも考えたが、やはり直接顔を合わせた方がいいだろうと手早く身支度を整えていく。
…万が一、着信拒否されていると分かったら、もう自分は立ち直れないだろうというのを薄々感づいている行動の現れなのだが。
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