恋愛無関心症患者のカルテ

□番外編:その証は君を捕らえて離さない
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御剣の世界が、ぐるりと180度以上回転した。



***



がたっ。

どす。

――…御剣が住まうマンションのリビングに、鈍い音が響き渡った。

「……すっ――すすすす、すみませんっ!!検事!!大丈夫ですか!?」

唯が素っ頓狂な声で呼びかける。珍しく慌てた様子の彼女だが、御剣は無言のままだった。

「あああ、あの…その――…本当にすみません。ホントにその、無意識で私…」

「………いや」

くぐもった声で返事をしてから、御剣はようやく行動を開始した。ソファ肘掛の向こう側…床に寝転がっていた御剣は、それはそれは緩慢な動きでもぞっと起き上がる。

対して唯は、青ざめた表情でオロオロと彼の様子を見守っていた。

「ごめんなさい…あの……その…もう本当にすみません」

「……気にしなくてもいい」

「怪我は――…」

「…心配はいらない」

「でも…」

「唯」

尚も言い募る唯に、御剣は彼女の名前でその続きを遮る。床に座ったまま首の後ろを右手で軽く揉み、御剣はソファにへたりこんだままの唯に視線を向けた。

「いいのだ。君が気に病む事は何1つない。むしろ…こちらこそ、すまなかった」

「検事……」

幾分…いや、だいぶ重たいトーンで謝罪をされて、唯は眉をへの字にさせる。困惑の色が見て取れる彼女の表情から目を逸らして、御剣は呟いた。

「もう今日は、君は帰った方がいいだろう」

「――!」

「今からタクシーを呼ぼう。それに乗って帰りたま…」

「そ、そんなの嫌です!」

「唯……」

困惑から一転、必死の様相に変わった唯が御剣に詰め寄る。今度は御剣が戸惑った。

「このまま帰りたくないです!私…こんな事しといてですけど、ホントは…ホントは私――!!」

必死さを通り越して取り乱す唯に、御剣は苦笑する。そしてソファから異議を唱える唯の頭を、そっと優しく撫でた。

「落ち着きたまえ。別に……君に冷めた訳では決してない」

「……検事」

「本当だ。君が考えているような事は、私の中にはありえない」

「………」

「ちゃんと、好きだ。愛してる」

困ったように、でも少しだけ微笑みながら御剣が告げる。唯は無言で俯いた。

「好きだ。だから今夜は――…帰った方がいい。分かっただろうか?」

「………」

「唯――…」

唯の頭を撫でていた右手で、そっと彼女を自分の方へ引き寄せる。同時に御剣も目を伏せ自ら顔を寄せた。

そうやって優しく静かに…軽く唇を重ねてから、御剣は唯の顔を伺う。唇を噛み締め、今にも泣き出してしまいそうな彼女に小さく笑って、御剣は自分の肩口へとそっとその表情を押し付けた。

――そう。

嫌いになんかなるはずない。

それでも彼女の事が…唯の事が好きなのだ。

幼子をあやすように、唯の頭をぽんぽんと撫でる御剣。自分の中に唯への愛しさが急激に高まっていくのを感じながらも…そのまま一気に溢れて激流となってしまいそうな"衝動"を、小さな溜息と共にやり過ごした。大らかに受け止めるフリをしつつ、結局のところ根本的な欲求は何1つ変わっていない自分自身の情けなさを自嘲しながら。



そう。

嫌いになんかなるはずない。

例え…



唯に、"そのようなアレ"な関係を迫った結果、柔道技でソファから投げ飛ばされたのだとしても。



***
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