恋愛無関心症患者のカルテ
□番外編:Call my name.
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「えっと…」
質問の真意を読み切れないのか、しどろもどろな声を上げつつ、唯は「知ってますよ」と簡潔に答えた。御剣は「フ」と、溜息とも冷笑とも取れる息を漏らすと、ぎしりと深く椅子に腰掛ける。
「そうか」
「…そりゃ、まぁ。普通に」
「しかし君は、私を名前で呼ばないな?」
続く反論に、唯はぱちぱちと驚いたように目を瞬かせた。
「呼んでますよ?」
「君は私の事を毎度毎度"検事"と呼ぶ。よもや君は私の名前が"ミツルギケンジ"だと勘違いしてるのではないかと思ったのだが」
「まさか。ちゃんと知ってますよフルネームくらい…ですが、検事は検事ですから」
「それは私の役職名だ」
びしりと指摘する御剣。唯は一瞬ぐっと押し黙る。が、すぐさま反論した。
「今は仕事中ですし」
「うム。プライベートと仕事を分けるのは大事だな。だが君は、仕事以外でも検事と呼ぶ。何故だ?」
「――…そうですか?」
「私は名前を呼んでいる。仕事中は唯刑事と、名前の後ろに役職名を付けるが、プライベートの時は呼び捨てだ」
「……検事って、意外と細かいところを気にされるんですね」
「――…私達の関係性を考慮して指摘してるのだ。単なる上司部下ではないのは、ちゃんと自覚してるだろうな?」
そう言われ、唯は少しだけ頬をぱっと染めると「そ、そりゃ…えぇ、もちろん」とごにょごにょと小さな声で呟いた。どうも照れているようなのだが、御剣にはそれが不思議でならない。
初対面の成歩堂達に向かって「私達はAV見るような仲なんですよ」なんていう爆弾発言をさらりとぶつけたり、張り込み捜査で危うく犯人に見つかりそうになった時にとっさに自分に抱きついてバカップルの芝居をしてみせたり…など。奔放な姿を見せる反面――…
今のように、ほんの些細な恋愛の会話で照れる様子を見せる唯に、御剣は内心首を傾げる。一体彼女の中でどう言う区別がなされているのだろうか…
手にしたままの書類で口元を微かに隠しつつ、やはり照れた様子の唯を見ながら、御剣はきっぱりと告げた。
「正直、プライベートまで"検事"と呼ばれると落ち着かん。名前で呼んでくれ」
「はぁ…あの……努力します」
「名前を呼ぶのがそんなに苦痛か?」
「え?あ、えっとですね。その…私にとって検事は検事なんですよ。だからその、名前みたいなもので」
「ケンジとレイジ。ジしか合ってないが」
「名前どうのって、考えた事すらなかったので、正直…戸惑ってます」
「では、徐々に慣れていってくれたまえ」
「分かりました。善処します」
「慣れるには日ごろからの練習が肝心だな。丁度、ここには我々2人しかいない。呼びたまえ」
「ええ!?今ぁ!?」
悲壮な声を上げる唯に、御剣がひくりと眉間のヒビを深める。
唯は「しまった」という表情で凍りついた。
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