恋愛無関心症患者のカルテ

□Last
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3月某日、AM10時17分。



窓の外をぼんやり見つめていた唯は、鼓膜に触れるドアノックの音に振り返った。

「はい」

ノックの主は名乗りもせず、キッと微かにドアを軋ませて開いた。

「――…検事」

そう口にした唯の顔に、微笑みがふわりと薄く広がった。



***



「……いいから、寝ていろ」

白い紙袋を持った御剣は唯の傍に歩み寄るなり、眉間のシワを一層深めて呟く。唯はベッドから上体を起こした体勢のまま、彼の咎めるような口調と渋い表情をきょとんとして見上げた。そんな彼女の態度から、自分の真意が伝わっていない事を悟った御剣は、ますます表情を険しくさせる。

「怪我人は怪我人らしくしていろと言っている。撃たれたのだぞ、君は」

「……もうそれ5日前の話ですし、術後の経過も問題ないですし、ベッドのリクライニングは起こしてますし、寝てばかりだと筋力が弱って退院後が――…って、ちょっと」

言葉尻を抗議めいた色にさせた唯に構わず、御剣は彼女が横たわるベッドのリクライニングを勝手に下げた。みるみるうちに唯の頭の位置が下がり…完全な水平状態にすると、御剣はようやく満足したように溜息をつく。

「………心配しすぎですよ」

「………」

拗ねた子供のように、少し唇を尖らせて不満を訴える唯。御剣はそんな彼女を無言で見下ろすに止めると、傍にあった4つ足のパイプスツールにどっかと腰を落ち着け、持っていた紙袋を足元へ置いた。

――…唯本人にとって、今回の発砲事件は"痛いと思った次の瞬間、目覚めたら病院のベッドの上でした"的な、刹那ほどの時間感覚なのだろう。それは致し方ないと御剣は思うものの、ここまで他人事だと内心複雑である。

唯が撃たれた瞬間の、凍りつくような恐怖だったり、何もかもを赤く染めた血の生々しい量だったり、手術を待つ長い時間だったり…そういった現実感覚全てを経験した御剣としては、例え本人が大丈夫だと申告したとしても些細な無茶はさせたくない。



例え、それが"過保護"だと揶揄されようとも。



「……先程。ここへ来る前に、剛三氏と会った」

そんな複雑な胸を内を敢えて告げる事なく、御剣は話題を強引に変える。唯はその内容に思わず「あぁ」と苦く笑った。

「さっきまで話しました」

「そうか。私も…少しだけ会話した」

"先程"とは言え、剛三氏が唯の病室から出てきたところに御剣がやって来たので、入れ違いというタイミングなのだが。

「………」

御剣はその時の事を、ふっと思い返した。



***
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