恋愛無関心症患者のカルテ

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※今回の話には血の描写があります。苦手な方は閲覧の際にご注意ください※

***



銃口から、細い煙が火薬の匂いを抱えてゆらりと立ち昇る。

空間を、空気を、そして鼓膜をもつんざく1発の銃声。

その銃声が、執務室1202号室の光景の一瞬を切り取るかのように凍りつかせた。



***



「………」

「………」

「………」

間延びする時間。拳銃を握る男と、その正面に立つ御剣と…御剣の前に立つ唯。

執務室に響き渡った銃声は、わんわんと空気を震わせながらちりじりと散っていく。

男は…そして御剣は、2人とも同じモノを見ていた。



銃口と御剣の間に飛び込んできた……深見唯を。



「………」

「………」

「………」

反響する銃声が消え失せ、完全なる静寂が執務室を支配した時だった。

「――…」

ぐらり、と傾ぐ唯。重力に完全に依存したように、その身体は床へ崩れ落ちようとする。

御剣の瞳に、まるで無声映画のコマ送り映像のようにその光景が映る。呆然となる意識の中、両腕を伸ばして彼女の体を抱きとめると、床の上に片膝をついてしゃがみこんだ。



【支えきれずに床に落としたら最悪ですよ。紳士以前に男性としてありえません】



……ずっと前、彼女に言われた台詞。何故それが今、脳裏を過ぎったのか。

目を閉じ、薄く唇を開けたままの唯。何1つ考えられないまま、御剣は彼女の顔を凝視し続ける。

じわじわと、唯の左胸辺りから溢れ、服を濡らしていく赤い染み。それは音もなく、急速に範囲を広げていく。



――…撃たれ、た?



「……、」

御剣の震える唇から、形にならない声が漏れる。



撃たれた。



先程までの厳しい表情が、みるみるうちに悲愴なものへと崩れていく。



撃たれた、撃たれた。



「……あ」


強張る彼の喉が、ようやく形ある声を絞り出した。



唯が、撃たれた…!!



「…う――…うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

御剣の喉奥から、絶叫が迸る。先程までぴくりとも働かなった脳が、現実を読み込んで急速に回転する。その激しさに、脳の神経細胞が焼き切れてしまいそうだ。

「唯!!唯!!!…唯ー!!」

御剣は狂ったように腕の中の彼女を呼ぶ。その声に反応したかのように、唯の口腔からごぷりと音を立てて溢れた血が、その端から筋を作りながら零れていった。

その光景が…その現実が、御剣の理性と冷静さを容赦なく破壊する。

「唯!目を開けたまえ!返事をしろ!!返事をしてくれ!唯っ…唯!!!」

がくがくと彼女を揺さぶり、頬を何度も叩く。しかしそのどれにも、唯は応えなかった。

「ダメだ!許さんぞ!目を開けろ!死ぬな!!唯!!」

自分で口にしたある単語に、御剣ははっと胸を突かれる。



――…死。



唯が、死ぬ、だと…?



「―――唯っ!!」

御剣は唯の体を抱きしめる。自分の服に濡れた感触が走るが、そんな事はどうでも良かった。ただ急速に迫り来る死に、彼女を渡したくなかった。

…抱きしめたいと。

そう思った事が、

こんな形で実現するだなんて――…!

「唯っ…!」

御剣はぎりっと奥歯を噛むと、まるで血を吐くような声音で彼女を呼んだ。



***
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