恋愛無関心症患者のカルテ

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2月某日、13時22分。

壁際で蹲る(うずくまる)男と、その男に銃を突きつける唯と、それを睨みつける御剣。

真昼の光が薄曇り越しに、部屋の中の3人をまるで切り絵のように黒く切り抜いていた。



***



凪原。

誰もが一度は耳にした事がある高級ホテル、"ラダ・レイドル"を創立し、その類まれな経営手腕で財界でも"ナギハラ"と言えば、国内外問わずそれなりに知られていた。

今は星による格付けが日本でも導入されているものの、当時のラダ・レイドルが評価されたならば星3つは確実だっただろう。それほどまでに格式高いホテルであった。

しかし…現在、ラダ・レイドルはこの世に存在しない。10年前に企業へ売却され、経営者はもちろん、ホテルの名前自体も変わっている。



10年前の、ある事件がきっかけで。













「…凪原……お前、あの、凪原…なのか?」

男が目を大きく見開き、唯を見上げて呆然と呟く。凪原と呼ばれた唯は相変わらず銃口を男に向けたまま、ひゅっとその目を細めた。

「お久しぶりです。まさか…剛三氏のお孫さんが、こんなサイドビジネスをなさっているだなんて」

「………」

その台詞に、男は口をあんぐりと開けた。

「唯――」

「検事。お調べになったのなら、なぜ私がこんな真似をするのか……分かりますよね?」

一瞥もせず問いかけてくる唯に、御剣は険しい表情のまま口を開いた。

「10年前…凪原家に強盗グループFが押し入った。その際、現場にいた一家は使用人も含め殺害された──…1人を除いて」

「…当時、私は14歳で──…あの日は、学校の部活動が長引いて、たまたま帰宅が遅れたんです」



第一発見者:凪原家長女(14)



御剣の脳裏に、深夜の執務室で見つけた捜査資料の内容が浮かぶ。部活動を終えた凪原家長女…唯は、いつも来ているはずの迎えの者がいないのを不審に思い、自宅に電話をした。しかし…

「今も……耳に残っています。電話口に出た母の叫び声が。"帰ってきてはいけない"と――」

「凪原桜子――…潜入捜査の時、ある男性が君の事を"サクラコ"と呼んだ。あれは…君の母親の名前だったのだな」

「テルユキおじさん…両親の昔からの親友でした。事件以来、会ってなかったですが…」

唯の瞳に、回顧の色が過ぎる。御剣は意を決すると、1歩前へ踏み出した。靴底から、細かなゴミがじゃりっと鳴く音が響く。



被害者一覧:
凪原桜子(ナギハラ サクラコ・36)



御剣の脳裏に、再び浮かんだ捜査ファイルのとあるページ。この名前と共にあった生前写真を見た瞬間、ずっと崩れたままだったロジックが、急速に組みあがっていったのだ。

もし、深見唯がグループFの被害者だとしたら。もし、深見唯が凪原家の血縁者だとしたら――…もし、そうなら、今まで御剣が抱いていた、唯に対する疑問が全て解決する。

何故、彼女は社交界のマナーやダンスに詳しかったのか。

何故、彼女はあのパーティーの参加者達のゴシップに詳しかったのか。

何故、彼女はパーティーの雰囲気に馴染んでいたのか。



何故、彼女は…グループFに対し、並々ならぬ執念を抱いていたのか。



***
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