恋愛無関心症患者のカルテ

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2月某日、午後13時。

錆の鉄臭さが鼻につく空間に、肩を寄せ合うかのように集まる煤けた廃墟の群れ。

その中の、どんよりとくすむ廃墟ビルに、静かに人が集まる。



空は、相変わらず薄雲に覆われていた。



糸鋸刑事率いる捜査員2名が、外の非常階段を足音を殺して5階まで登る。それを見届けてから、御剣達もビル内部へと密やかに突入した。

突入人数は御剣を含め計6名。確保相手5名に対し、人数の少なさが気がかりだがアジトの立地上、これが限界ぎりぎりの人数だった。

窓が全て打ち割られているエントランスホールに足を踏み入れると、タバコの吸殻や内訳の分からない瓦礫があちこちに散乱していた。廃墟になって12年。時間による風化は容赦がない。

歩くたびにじゃりじゃりと鳴くリノリウムの床を静かに渡り、御剣らも5階入口へと辿り着いた。

「………」

息を殺して耳を澄ます。ドアの向こう側に人の気配がする事を、御剣は後ろで控える捜査員達に目配せで伝える。彼らはその意図を読み取って無言で頷いた。

そして、御剣はドアノブをそっと握り締める。心臓が緊張で研ぎ澄まされて、神経があらゆる異変を感じ取ろうと鋭さを増す。内部からは時折、和やかな談笑が微かに漏れ聞こえてくる。全く無警戒の様子だ。

御剣は振り返って背後の面々を見渡した。一同が大きく頷いたのを合図に、御剣は体当たりするようにドアを大きく開く。



バタンッ!



「動くな!警察だ!」

御剣が吠える。同時に捜査員達がわっと室内へ雪崩込んだ。完全に不意を突かれた形だったのだろう。中にいた男らは、驚愕に目を見開いてこちらを凝視するばかりで、逃げる素振りすら見せなかった。

それでもこちらへ突進する捜査員達に、数名が非常階段へのドアへと走り出す。しかし、その手がドアノブに触れるよりも前に、糸鋸らがドアを破壊する勢いで押し入ってきた。

「うげ!」「な、な、何だよ!」「やめろ!」…男らの、動揺で震える言葉を尻目に捜査員らは問答無用で次々に確保していく。目の前で、自分が思い描いていた通りの筋書きで進んでいく光景に、御剣が詰めていた息をハッと吐き出した。



まさにその瞬間だった。



ガシャァアアン!!



「っ!?」

男が1名、はめ殺しの窓ガラスを肘で打ち割ったのだ。御剣らがそれを視認するよりも先に、窓ガラスを割った男はそのままひらりと外へ飛んでいく。

「待て!」

目を剥いて叫ぶ御剣の傍を、1人の捜査員が一目散に駆け抜けていった。その後ろ姿に、御剣は愕然とする。



深見唯――!



唯は脇目も振らず窓辺へ駆け寄ると、一瞬の躊躇いも挟まずに一気に窓の外へ、その体を投げ出した。

「唯っ!」

叫びながら、御剣も流れるように彼女の後を追う。窓から身を乗り出して外を見れば、ベランダと呼ぶには狭く、手すりもない部分…ヒト1人分が通れる幅ほどのでっぱりを駆け抜けていく2人の姿が見えた。

「……」

まずい。

腹の底でうねる嫌な予感。御剣は窓枠に足を掛けると、2人と同じようにでっぱりの上に飛び出した。

「み、御剣検事殿!?」

「君は皆と確保した彼奴らを連行しろ!確実にだ!」

糸鋸の方を振り返りもせず指示を叩きつけた御剣は、遠ざかる2人をまっすぐ見据えたまま駆け出した。

「……くそ!」

思わず口をついて出る悪態。恐れていた事態が現実化しそうな予感に、焦燥感が胸の奥を灼く。

今、自分が走り抜けている場所が、地上から約12mもの高さだという事も忘れ、御剣は全速力で2人の後を追い掛けた。



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