恋愛無関心症患者のカルテ

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「………すまない」

翌朝。深く項垂れた御剣が、握り締めた携帯に向かって謝罪の言葉を吐いていた。



***



「…事務官との話、終わった?」

「あぁ…」

携帯の通話終了ボタンを押した御剣に、成歩堂が声をかける。それに応えた御剣の声は、酷くしゃがれていた。酒の飲みすぎによるものである。

夕べ…というより深夜。酔っ払いを引きずって(途中でタクシーも使って)成歩堂は自分のアパートへと帰った。本当ならこんな泥酔野郎を自分の部屋へ連れて来たくなどなかったのだが、成歩堂は御剣のマンションの場所を知らなかった為、こうせざるを得なかった。

吐く吐く騒ぎ(結局吐かなかった)の後、御剣は再び意識を手放してしまったので、成歩堂は自分の部屋へ入るなり、御剣をそのまま玄関に放置した。最低限の義理は果たせただろうし、何よりここが体力の限界であった。

一応、情けとして新聞紙を彼の身体に被せ、何だかそれがすごく面白い光景だったので、夜明けのテンションのまま写メに収め…ようやく解放された成歩堂は、1人自分のベッドに潜り込んだのである。

そうして時間は昼に近いところまで流れゆき、御剣はようやく起きだした。自分の置かれている状況に酷く困惑した彼だったが、ガンガンと痛みを訴え叫ぶ頭と、自分でも不快に思う酒臭い体臭と、そして何より成歩堂からの説明で事の次第を理解したのであった。

「んで」

成歩堂が御剣に、黄土色の細いアルミ缶を差し出す。"ウコンの底力"と印字されたドリンクだ。

「何て言ってた?」

「…ひとまず、体調不良で今起きたと伝えたら納得してくれた。幸い今日は裁判の予定はなかったから、病欠扱いで大丈夫なようだ」

「そりゃ、そんな酷い声なら風邪だと思うよね」

「……君にも迷惑を掛けた。すまない」

ウコンドリンクを手に、御剣がかくんと項垂れる。珍しく殊勝な様子に、成歩堂は笑い声を殺しきれない。

「いいよ、とは簡単に言えないくらい迷惑かけられたけど、結構珍しいお前を見られたからな。いいよ別に」

「………」

御剣は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。文句を言いたそうな様子だが、自分が晒した醜態を思うと何も言えないようだ。重く溜息を吐き捨てた御剣は、手にしていたウコンドリンクを開封し、一気に呷った。

「そういや、御剣。唯刑事に別れようって言われたんだって?」

「っぐ!?ぶ、げほ!ご、っほ…げほげほっ!」

成歩堂の言葉に、胃へと流し込んだウコンドリンクが僅かに気管に入り、御剣は堪らず咳き込む。目尻に涙がうっすらと滲んだ。

「ごほ…っ、な、な、な――…何でそのような話を貴様が…」

「夕べ、酔ってぐだぐだのお前から聞いたんだけど…やっぱ覚えてないんだな」

どこから覚えてないんだ?…なんて、成歩堂に訊ねられると、ぐぅの音も出てこない御剣である。やってしまった事は仕方ないとは言え、暫く酒は控えようと決心するのであった。

そんな御剣の思いを知ってか知らずか、成歩堂は「本当に別れたの?」と更に問いかける。

「…………あぁ。そうだ。昨日の話だ」

辛そうに顔を顰めつつ、素直に白状した御剣に、成歩堂が目をきょとんと見開く。

「…何があったんだ?」

「分からん。突然別れを切り出された」

「でも、絶対理由があるはずだ。それも明確な」

確信したような成歩堂の言葉に、御剣は眉間にシワを寄せた。

「何故断言出来る?理由などない、彼女の勝手気ままな決断なのかもしれない」

「それはないよ。だって唯刑事…お前の事、ちゃんと好きだったんだから」

御剣は思わず苦笑して、「何を馬鹿な事を」と零す。その仕草に、成歩堂はムッと眉根を寄せた。

「バカはお前だ、御剣」

「…何?」

「お前、唯刑事の彼氏だったのに、何も見えてなかったのかよ」

「どういう意味だ」

「お前の相変わらずな無関心ぶりに、文句も不満も言わずに一緒に過ごしてきたの、唯刑事だけだろ?」

成歩堂に指摘され、御剣は息を飲む。(きっかけはともかく)付き合うようになってから別れを告げられるまで約8ヶ月。その間、唯から御剣の無関心な態度に関する不平不満は一言も聞かなかった。

今までなら3ヶ月…下手したら3週間頃に、相手が泣くなり怒るなり感情を爆発させ、こちらに詰め寄ってきていたのに。何も言わず、そして恋人らしいアレコレは一切なかったとはいえ、同じ相手と半年以上関係を続けられたのは、唯が初めてだった。

…そんな事に気付いて、御剣は押し黙ったまま顎先に指を掛けて考え込む。

「それなのに別れを言い出すって、絶対何かあったんだよ。それも、お前が原因で」

「………しかし」

「分からないんだろ?だから、僕も考えるよ」

「何?」

「だから、話してみろよ。昨日の事。昨日、突然言われたんなら、昨日のお前の行動に原因があるはずだ」

「…何故、貴様に私のプライベートを話さなければならんのだ」

吐き捨てるように呟いた御剣だったが、成歩堂は至極真面目な顔つきで答えた。

「僕、少なくともお前より恋愛に関して知ってると思うよ。それに」

「…それに?」

「知りたくないのか?別れるって言われた理由」

成歩堂の真っ直ぐな問いかけに、御剣は沈黙をもってその言葉に同意した。



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