恋愛無関心症患者のカルテ

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検事局の12階にある1202号室。

御剣は己のデスクに着席して、目の前のノートパソコンに注目していた。

ディスプレイに映っているのは、警視庁が管理しているデータベース。警察関係者の個人情報がここに集まっている訳だが、御剣はその中の1つのファイルにアクセスし、真剣な表情で見つめていた。

ファイルに記載されている氏名は、深見唯。無表情な彼女の顔写真と共に簡単な履歴が表示されている。それを眺めながら、御剣は先日の事をぼんやりと思い返した。



***



【………一体何のつもりだ。あのザマは】

不野山邸の地下で行われたオークションの帰り。糸鋸刑事が運転手に扮するベンツで帰路に付く道すがら、御剣は低く唯に問いかけた。

感情の篭らない台詞だったが、身体の芯から凍りつくようなその低い声は、御剣が激怒している証だ。それを幾度となく体験している糸鋸刑事は、正面とバックミラーとをそわそわ交互に伺っていた。

対する唯は、そんな御剣の隣に座っているものの俯いたまま無言を貫いていた。オークション会場を出る際、マスクは回収されたのだが、御剣は俯く彼女からその表情を読み取る事が出来ない。

【君は自分が仕出かした事の重大さを理解しているのか?この捜査に尽力する大勢の人間の努力を、あの軽率としか言い様がない君の行動1つで無駄になるところだったのだぞ?】

【………】

【潜入の危険度を、君はよく知っているはずだ。何故あのような馬鹿げた行動を取った?】

【………】

【答えろ、深見】

より一層低い声で突き刺す。唯は大きく肩を揺らして深く息を吐き出した。そんな仕草を横目に見ていた御剣だったが、彼女のある異変を捉えて微かに目を剥く。

ふるふると小刻みに震える唇。項垂れても僅かに覗く頬を伝う透明の雫。それは音もなく顎先から彼女の手の甲へぱた、と落ちた。



――…泣いて、いる…?



胸の奥を突かれる衝撃と、この場面で女性の武器である涙を見せられる煩わしさに、御剣は息を飲んで彼女を見つめる。

唯は何度か肩で大きく深呼吸をしてから、小さな小さな声で御剣の質問に答えた。

【……目っ、の前で、行われる犯、罪を、黙って見てい、るだけなのが…悔しくて】

【………】

嗚咽を必死に飲み込みながら漏れる呟きに、御剣は眉間にシワを寄せた。泣いていようが今回の唯の行動を許す気は、彼になかった。

【……それが理由になるとでも思っているのか?今回の目的は明確に決められていたはずだ】

【………】

【今回は無事に済んだが、本来ならば最悪の事態になりうるところだったのだぞ。君が行った、考えなしのあの行為は】

【……申し訳、ありませんでした】

【………】

ずっ、と鼻を啜りながら謝罪されると、すっきりしない気持ちが心の底にもやもやと蟠る(わだかまる)。思いっきり非難して怒鳴る事が出来れば、どんなにいいか。これだから女性は扱いづらいのだ。

御剣は深く溜息を吐き捨てると、座席のシートに深く背を沈めた。

【あいつらは危険な集団だ。命の危険も充分ありえる事を、よくよく理解したまえ】

【………はい】

唯はぴくりとも姿勢を変えず、俯いたまま了承した。



***
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