恋愛無関心症患者のカルテ

□09
1ページ/5ページ




豪勢な造りの両開きドアを、2人のドアマンが恭しく押し開ける。

そこには、別世界が広がっていた。



***



天井には大きくも豪華なシャンデリアが白い輝きを放っている。まるでそれが1つの大きなダイヤモンドのようだ。

そんなシャンデリアが見守るのは、洗練された仕草を身にまとう紳士淑女達。和やかな談笑がさざなみのように広がり、それぞれにこの夜を楽しんでいるようだった。

所謂「ロココ調」と呼ばれる、ヨーロッパ風にデザインされたホールには、弦楽団による上質な生演奏が流れ、その旋律を楽しむかのようにダンスに興じる紳士淑女の面々。ひらひらと花びらのように舞う彼らが、その場を優雅にそして格式高いものにしている。

「………」

御剣は、目に映る光景に面くらいながらも、それをおくびにも出さないで人々の合間を縫って歩みを進めた。

「ようこそいらっしゃいました。今宵はゆるりとお楽しみくださいますよう」

御剣の傍にすっと音も無く現れたのは、黒服の執事。シルバーのトレイにいくつものシャンパングラスを乗せて、それを御剣に差し出した。

「……あぁ」

細いフォルムのシャンパングラスを指先で摘みあげるようにして取ると、執事は恭しく一礼してその場からまた静かに立ち去っていった。彼らもまた、格式高いこの場にふさわしい、堂々とした身のこなしでパーティーを取り仕切っている。

「………」

圧倒されそうだ。御剣は手にしたシャンパングラスを少し口に含み、緊張で強ばる鼓動をなだめようとする。しかし、胃に落ちたアルコールの熱が全身へ一気にめぐり、逆に鼓動を早めてしまう。

御剣自身、パーティーと呼ばれるようなものに出席した経験は、多くはないが決して皆無ではない。今回のようにフォーマルなスタイルで集う会合にも出た事はあるが、今ここで開かれているものは、あらゆる意味で段違いの規模だ。

人の多さもそうだが…皆が集まっているホールの豪華さ、料理のレベルとその数、取り仕切る執事の人数と、ゲストの数…それになんといっても、ゲストの服装と仕草や立ち居振る舞いからして違うのだ。

ホール中央で繰り広げられる優雅なダンス。それに…時折目にする、あの女性の手の甲に男性が身体を屈めて顔を寄せる挨拶。別世界の事だと思っていた光景が、今、目の前で現実として存在している。理解の範疇を超えた脳が、空気に飲まれて呆然と立ち尽くしてしまいそうだ。

それにしても…

「……どこにいるんだ、彼女は」

御剣は訝しげな表情で、辺りを見回した。

今回はここ、不野山財閥主催のパーティーで例の件が動くとあって、御剣と唯が実態調査の為に潜入している。お互い他人を装うべく、個人個人で潜入して現地で初対面を装い落ち合う手はずなのだが…

「………」

視線だけを動かして見回しつつ、御剣は手にしたシャンパンを飲んだ。まさかとは思うが、変装した自分に気付いていないのではないかという不安が、御剣の脳裏をよぎる。

いつもの赤いスーツにクラバット…ではなく、黒のタキシードに身を包み、髪も黒く染めて更に形もオールバックに変えている。おまけに黒縁フレームのメガネを掛ければ、自分でも自分とは思えない。潜入の為の変装とはいえ、今回のパートナーである唯が気付かないというのはいかがなものだろうか。

…だから前もって服装の情報交換をしようと言ったのに、「当日のお楽しみですよ」とか何とか楽しそうにはぐらかされてしまった。唯は真面目なのか不真面目なのか、いまいちよく分からない。

そんな思考を巡らせているうちに、御剣の中に徐々にイライラとした感情が湧き上がってくる。異変を悟られないようにと残りのシャンパンを煽ると、タイミングよく執事が空にグラスを回収にやってきた。

…どこで誰が見ているか分からないな、と御剣は警戒心を改めて強めながらグラスを返す。



そんな時だった。



***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ