恋愛無関心症患者のカルテ

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そして。

御剣は唯の唇に、そっと唇を重ねた。



***



柔らかな感触を味わうだけの触れ合い。そっと顔を離しながら同じように柔らかな彼女の頬に右の指先を滑らせる。

それを合図にしたかのように、唯の睫毛が揺れて瞼がゆっくりと持ち上がった。うっすらと御剣を見上げて、照れたようにほのかに微笑む。

胸の奥から染み出す温かさに御剣も同じように顔を綻ばせ、彼女の腰に回されていた左腕でその細い身体を抱き寄せた。

容易く密着する身体。唯がクスクスと楽しげに笑うので、御剣も同じく微笑みながら額と額を合わせた。

「………」

至近でこちらを見上げる唯が、不意に笑みを止めて、瞳をゆるゆると伏せていく。瞼の奥へと仕舞われていく瞳を追いかけて、御剣が顔を寄せた。



その唇に、また柔らかな感触を感じながら――…



***



「………」

早朝の爽やかな陽射しが、ぼんやりと白くカーテンを滲ませる朝。

御剣は自室のベッドの上に起き上がったままの体勢で凍りついていた。

「………」

普段の冷たさを思わせる切れ長の瞳は、今は驚いたように丸く見開かれ、色の薄い髪は寝乱れてあちこち跳ね上がっている。そんな"さっき飛び起きました"と言わんばかりの荒い格好に構わず、御剣はシーツを両手で握り締めたままベッドから降りられずにいた。

「………」

まばたきすら忘れた瞳の奥で、ついさっきまで見ていた夢の光景が、実に生々しく焼きついている。見ていた…というより、その夢が原因で飛び起きたようなものなのだが。

否定出来ない。

肯定も…あまりしたくないが。

夢の中とは言え

自分は唯と――…

「………っ」

改めて思い返した瞬間、ぶわっと体温が上昇した。鏡を見るまでもなく顔まで真っ赤なのだろうと自覚出来るほどに。

何であんな夢を…いや、何をこんなに狼狽えているのだ。20歳も後半になって、中学生か自分は。初めてでもあるまいし…大体、一応自分と彼女は恋人同士だというのだから、ちっとも別に全く全然異常ではない。

大体。以前、彼女が仕事中だというのに恋人の真似事をしてくるのがいけないのだ。確かにそれのおかげで危うい場面を切り抜ける事は出来たが、あんな事をしなくても別に方法はあったのではないだろうか?

あんなにも無用心に考えもなく接近するなど…ありえない。そうだ、これも…こんな夢を見たのも、彼女のせいなのだ。

……これが御剣の脳裏で繰り広げられる葛藤の一部である。夢の中とは言え、自分だって相当浮かれていた様子だったのは完全に棚の上に放り投げ、ただひたすら今回に対する言い訳をしていた。

「………はぁ」

懸命に繰り返した言い訳のおかげで、混乱の極みだった思考もだいぶ落ち着いた。最後に肺に溜まった重い空気を思いっきり吐き出して項垂れてみる。そして、無意識に指先で自分の唇を触ってみた。

「………」

ふっと、脳裏に彼女の笑みが咲いた。夢で見た、心底幸せだと眩しく微笑む彼女が。今まで見た事がない表情だ。唯も、あんな風に笑う事はあるのだろうか…

「…いかんな」

また囚われそうになる予感に、御剣は溜息と共に頭を軽く左右に打ち振ると、ようやくベッドから降りたのだった。



***
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