恋愛無関心症患者のカルテ

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「…今、踏み込んでもいいような気がしますけどね」

雑居ビルから人が出入りする様を眺めていた唯が、ふと小さく漏らした。御剣は片眉を跳ね上げて傍らの彼女を見下ろす。

「我々の2人だけでか?」

「そんな無謀な真似は考えてませんけど…応援を呼んだりするとか」

「踏み込んだとして、何が得られると言うのだね」

彼女らしくないな、と御剣は思った。真剣を通り越して焦っているかのように見える。

「彼らの一端に触れられるかもしれません。そこから辿れば…」

「辿っていく間に、本丸は逃げるかもしれんな」

御剣の台詞に、唯がひくっと眉根を寄せた。彼女は話す間もビルだけをじっと見続けている。

「君もこの捜査の一員なら、奴らの犯行手口の残忍さは知っているだろう?一匹たりとも逃がす訳にはいかん」

犯行手口の残忍さ…それは、"目撃証言がない"という事が指し示すある事実。



グループFが犯行に及ぶ際、ターゲットとなった家の人間は、全員殺害されているのだ。



中には運良く外出中だったため盗難だけで済んだ例もあるが、最悪のケースだと使用人も含む一家惨殺というケースもある。1年に数件しか起こらない犯罪とはいえ、その被害は甚大だ。

だからこそ警察も、その威信を御剣に掛けている。捜査の進展を願った上層部が前任から御剣へ担当を変えたという経緯はあるが、完璧に解決しなければいけない…狩魔の教えを振りかざすつもりではないが、全容解明・完全立件が被害者の為なのだ。

「私は目指すのは完全立件。小物には用はない」

「………」

唯は無言で唇を噛む。苦しげなその表情を見下ろしながら、御剣は呟いた。

「耐えろ。今は…」

「………」

会話が途切れ、無言になった狭い空間。御剣は唯からビルの方へと視線を移す。もうそこは、人の出入りが途絶えていた。

「…終わったようだな」

御剣は内ポケットから携帯を取り出すと、何やら小さい声で指示を出し始める。その間も、唯はビルを見続けていた。

「……10年は、長すぎませんか?」

「…ム?何か言っただろうか?」

携帯を仕舞いながら問いかける御剣に、唯は首をぶんぶんと横に振った。

「いえ。何でもないです」

「…なら、我々も行こう。ブツの行く先を確かめなければ」

そういって、張り込んでいたビルの隙間から出ようと御剣が動いた時だった。

「待って」

「っ」

急に唯がその右腕で御剣の動きを阻む。出鼻をくじかれて怪訝そうに眉を顰める御剣だったが、すぐに唯の視線の先を振り返る。

「……ム」

目に映る光景に、短く呻いて眉根を寄せる。ビルから1人の男が出てきて、周囲を伺うようにこちらへとやってきているのだ。

これは…まずい。

「…こちらに気付いたのか?」

「いえ。多分…出掛ける前の点検作業ではないでしょうか。見張られてないかどうかの…」

「どちらにしろ、見つかる訳にはいかん。逃げよう」

「ダメです」

動こうとする御剣を、唯が再度押しとどめる。御剣は思わず厳しい表情で唯を見据えた。

「何をして…」

「今、逃げる素振りを見せたらダメです。張られてたかもと警戒させるだけです」

「しかしこのままでは」

「どちらにしろ、後ろに逃げ口はありません。ここに止まるべきです」

では、どうしろと…御剣が言いかけた時、唯がくるりと振り返って彼を見上げた。

「検事。女性経験ありますよね?」

…何を問われているのか。

御剣は一瞬だけ理解出来なかった。



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