恋愛無関心症患者のカルテ

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夕暮れが間近に迫る時間。雑居ビルと雑居ビルの間に、男と女が立っていた。



***



ビルの外壁に背中を預けて真向かうように立つ彼らは、人目と時間を偲んで逢瀬を重ねる恋人同士に見える。2人の間に会話はなく、終始無言のまま遠くへ視線を向けていた。

視線の先は、2人ともに同じ。そこには赤茶色したタイル外壁の、何の変哲もない雑居ビルがあった。彼らとその赤茶色のビルまでの距離は約13m、近くもないが遠くもないといったところだ。

「……やっぱり、間違いないみたいですね」

女が小さく呟く。男は「あぁ」と短く応えた。

「近いうちに、動きがあるっぽいですね」

「そのようだな」

淡々と言葉を交わす2人が見つめる赤茶色のビルからは、どこかの業者らしい人間が出たり入ったりしている。ダンボール箱を抱えた人が出て、手ぶらの人間が帰る様子から、ビル内から外へ何かを運び出しているようだ。箱の量も多い。

「大掛かりですね、検事」

「…深見、君。誰が聞いているか分からない。その呼び方は今はやめたまえ」

ぎこちない君付けで注意する検事・御剣に、唯ははっと顔を強ばらせると「すみません」と素直に謝った。

いつもの彼女らしくない真剣な様子に、御剣は軽く驚いた。普段から何かと自分をからかう唯ではあるが、こと仕事になると真面目に取り組む。しかし今回はかなり気合が入っているようだった。

(…それもそうか)

御剣は自己完結する。今現在、自分達が張り込んでいる対象は、長い期間に渡り調査と捜査を続けてきた大きなヤマなのだ。



――…連続強盗グループ。関係捜査員達は今回のこのグループを「F」と呼んでいる。



由来は…"ターゲットが富裕層だから、その頭文字"という、ひどく安直なものなのだが。

とにかく、連続強盗グループFのアジトと思われる場所が、今2人が張り込んでいる赤茶色の雑居ビルの一室なのである。アジトというより、盗んだ物を保管しているだけの場所だろうというのは御剣の見解だが…このありふれた日常光景の中に、そんな闇が紛れ込んでいるなどと誰が思うだろうか。

構成人数は少なく、そのフットワークの軽さで警察を嘲笑いながら強盗を繰り返している。更に犯行時間15分以下、目撃証言なしという徹底ぶりになかなか逮捕へ結びつかない。

その不毛ないたちごっこは、驚く事に今年で10年目。年に3件ほどしか行動を起こさないのも長引く原因なのだが。しかしマスコミは、こぞって警察の無能ぶりを騒ぎ立てる。

稀に起こる犯行、短い犯行時間、いない目撃者…そんな手がかりが著しく乏しい中、10年掛けて地道に繰り返してきた調査と捜査でようやく浮かび上がってきたのが、"今"なのだ。失敗は絶対許されない。

そんな、警察の威信が掛かっているともいえる今回のヤマだからこそ、唯もいつになく真剣なのだと…御剣は雑居ビルを見つめる彼女の熱のこもった瞳を見ながらそう思った。



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