恋愛無関心症患者のカルテ
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御剣は、ある決断を迫られていた。
***
場所は検事局地下駐車場の守衛室を抜けた先の、地上の階へと続く道の前。ちなみに、その道は2種類分かれているが、行き先は同じである。
1つ目の道は、上へ伸びる階段。
そして2つ目の道は……上へ伸びるエレベーター。
「…検事?」
「………」
その分かれ道を前に立ち止まった御剣に、唯が何事かと呼びかける。御剣は固い表情のまま唯を見ずに口を開いた。
「……階段を使おう」
「え?12階の、検事の部屋までですか?無茶言わないでくださいよ」
予想通りの返事に、御剣は眉間のシワをひくりと震わせた。何故なら…今現在の、2人が置かれている状況を見れば一目瞭然。
ある1つの大きな箱を、御剣と唯の2人で運んでいるのだ。
ちなみに箱の中身は、現在捜査している案件に関する資料。かさばる上に量もあり、こうして運びやすいように1つの箱にまとめて入れてあるのだが…
本来、こういった力仕事は、安月給の記録更新を地道に図る某男性刑事の役割である。が、しかし。彼は現在外回り中との事で、2人にお鉢が回ってきた次第だ。
御剣の車でこの大きな箱を検事局まで運び、2人がかりで車から降ろして守衛室の前を抜けて…そして、階段かエレベーターかの分かれ道で御剣が立ち止まってしまったので、共に箱を持つ唯も進めない。
「ここは普通、エレベーター一択ですよ?」
「…エコと体力作りの一環で、私は普段から階段を使っているのだよ」
苦しい言い訳であるが、"本当の理由"は絶対言えないのだから仕方がない。万が一、唯に知られてしまったら…後々どんな揶揄を受けるか分からない。そう…これは、御剣のプライドの問題なのだ。
普段からこちらをからかう節がある人間なのだ。弱みを握られるだなんてたまったものではない…御剣は人知れず胸中で決意を固めたのであった。
「ここで棒のように突っ立ってる訳にもいかん。階段で行くぞ」
「いや。ちょっと。冗談ですよね?12階ですよ?」
「分かってる」
「いやいや。分かってないですよ。か弱い乙女にこの荷物持って階段で12階までって、ちょっと無茶すぎやしませんかね?」
か弱い乙女は、自分より大柄骨太の男性刑事と柔道で鍛錬とかしないと思うが。
…そんなツッコミを心に仕舞いつつ、御剣は「休憩を挟みながら行けばいい」と突っぱねた。その言葉に、唯は珍しく顔を顰めて、小さく溜息をつく。
「コレ、あんま言いたくないんですけど……」
「なんだ?」
「私、昨日包帯が取れたばかりです。正直、12階まで階段を登りきる自信がありません」
「………」
内心舌打ちする御剣。彼女の言う包帯とは、以前イトノコギリ刑事から柔道の投げ技を掛けられた際に捻挫してしまった足首の怪我の事で…
そして、その原因が御剣自身の行動にあるので…
「………分かった。今回だけはエレベーターを使おう」
「すみません」
隠しきれない落胆の溜息を混じらせて、折れるしかなかった。2人は階段横のエレベーターの扉の前まで進むと、唯が箱を持ったまま肘で器用にボタンを操作する。
その間、御剣は心の中で何度も気合を入れ続けていた。
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