恋愛無関心症患者のカルテ

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「…何故私がこのような事をせねばならんのだ」



***



腕組みをする御剣が憮然とした表情で呟く。その声に、隣に座っていた唯がきょとんとした表情で振り向いた。

「嫌でした?」

「前を向け馬鹿者っ!私を殺す気か!?」

鋭い叱咤の声に、唯は「はーい」と生返事をすると、御剣に向けていた視線を正面へと戻して姿勢を正した。御剣は溜息をつくと共に舌打ちをする。

現在、2人は人気のないどこぞやの空き地でパトカーに乗っていた。ちなみに運転手は唯で、御剣はその助手席で苛々としたオーラを放っている。



『パトカーの訓練走行に付き合ってください』



そう言って唯はある朝、御剣を突然携帯で呼び出した。唐突すぎて言葉を失う御剣だったが…



『今日、検事が休日なのは知ってます。時間は昼頃でどうでしょうか?都合は検事に合わせますから』



…と、相手の無言の隙を突いて唯が先手を打った為、渋々ながらも呼び出しに応じた御剣。意外と素直である。

「…大体だな。私はデスクワークが主な仕事なのだよ。こういった事は正直、専門外だ。イトノコギリ刑事にでも聞けばいいのではないかね?」

「はぁ、ですが…」

唯はハンドルを回す。パトカーもそれに倣って方向転換した。

「イトノコ先輩の教え方は分かりにくくて」

「ム…?」

「"ダーーッと行って、ここでギューッとブレーキを踏むッス!で、ハンドルも一緒にギュギュギュギュギューっと"…って言われてもちょっと」

「………」

糸鋸の口調を真似して再現される指導内容に、御剣は眉根を寄せた。

「彼の指導に些か問題があるのは分かった。しかし、何故私になる?交通課の人間にでも頼めばいい」

「あれ?恋人の隣に他の男が座っても、検事は気にしませんか?」

「何を言っ……おい!前を見ろと何回言えば分かるんだ!」

叱責する御剣の顔が、若干赤らむ。羞恥なのか怒りなのかは分からないが、唯は「あ、すいません」と軽い口調で謝った。御剣は窓枠に肘を置いて頬杖を付くと、窓の外を睨みながら何度目かの溜息を吐き捨てる。

唯は正面を見据えたまま、話を続けた。

「…検事。スポーツカーに乗ってるじゃないですか。だから、車にお詳しいかと思って」

「最低限知っているというだけだ。それに、詳しいのと運転に長けているというのは別問題だ」

「それでも私より上手いんじゃないんですか?」

「……君も、刑事になる前はパトカー乗務に配属された事があるのではないか?何を今更こんな」

「たまには運転したり、第三者の視点で指導してもらおうかと。いざという時困りますから」

(…一応真面目に考えているのか)

唯の台詞に、御剣の苛立ちを含んだ視線が若干穏やかになった。

が。

「まぁ、これをダシに検事とデートしたかったのが本音ですが」

「…っ、君という人間は」

頬にさっと朱を滲ませた御剣は、一旦は穏やかにさせた視線を再びきつく研ぎ澄ませて唯を見た。

「これのどこがデートなのだね!?」

「彼氏と一緒にいられるなら、場所や状況は問いませんよ〜」

歌うように答えた唯は、ハンドルを器用に左右に揺らす。ジグザグと機敏に動くパトカーに、御剣は窓上部にある取っ手を思わず握って態勢を支えた。

「彼氏彼氏と言うが、君の態度は彼女のそれとは到底思えん!」

「はぁ。じゃー、検事の好みに合わせますけど。どういった感じの女性がタイプなんですか?」

「……君に言う必要はない」

「じゃ〜、今のままの私がタイプって事でいいんですね」

「何故そうな…っ!」

ぎゅん、と急ハンドルを切ったパトカーが、ドリフト走行のように後部を振る。その遠心力に揺られて御剣の言葉が遮られた。



***
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